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花音、の言葉に反応した高畑は久利の手から瓶を奪い取った。明らかに不審の塊でしかない代物だが、花音からとあればと高畑はかじりつかんばかりに顔を近づけて瓶の蓋を開けた。
瞬間。
むぁ、とした熱気が高畑の顔にかかった。
「っ!?」
気持ち悪い熱気、不快感に一気に汗が滲み気分悪そうに顔を遠ざけるが、もう遅かった。
――どんよりした――重い言葉が――高畑を襲う
『死にたい』
『疲れた、もう嫌だ』
『穴に入りたい』
『死ね、クソ野郎』
『くんな、キモイ』
暴言、侮辱、罵詈雑言、聞くに堪えない疲労の声。
気分を悪くする声たちが高畑に襲い掛かる。
瓶を落とし耳を塞いでも聞こえる声。
久利の拾った不愉快な声たちが高畑にまとわりつき、不快の化身となったドス黒い手が高畑の耳を覆う。
「……声って、怖いよね」
「いやだ、やめろ、五月蠅い……っ」
必死に耳を塞ぎ声から逃れようとするが、高畑は逃れられない。ドス黒い手は彼には振り払えないのだ。
「共感度が高い声程、浸透する。抗いたくても、抗えない。吸わないといけない酸素のように、空気に溶け込むから」
「あぁ……やだ……聞きたくないっ……」
とうとう涙を零し始め首を横に何度も振る高畑に、久利はもう彼には届いていないであろう言葉を継げる。
「ごめんね、君にぴったりの声見つけちゃったんだ」
久利が、パチンと指を鳴らした、次の瞬間。
『ああ。どうせ僕はデブで醜いから、彼女に愛されるわけなんてないんだ』
劣等感に塗れた男の声が久利と高畑の間に流れる。向き合いたくない何かに無理矢理向き合わされる強制力を持った、劣等感の塊の声に――
「人を苦しめた分、10倍苦しむがいい」
つんざくような悲鳴を上げ発狂する高畑を見届けた後、久利は背を向けた。
聞いているだけの久利でさえ耳から血が少したれてきてしまったほどだ。久利はもみあげに付着してしまった血をハンカチで拭い取りながら、喉が潰れるのも時間の問題だろうと思えるほどの悲鳴を上げる高畑から離れ、駅の外へと出た。そして、ふぅ、と一息を吐いたのちにスマホを取り出した。
「もしもし、久利です。終わりました。恐らく彼はもう二度と貴女の前に現れないでしょう。いや、むしろ外に出れないかな? フフ……いえいえ、やってみたかったので、僕としてもスッキリです。いえいえ、僕も楽しかったのでこちらこそ、です」
楽しそうに花音と会話を交わすと、久利は、口角をニッと上げる。
「では、また困りごとがあれば是非とも声拾いの久利を御贔屓に」
fin
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