発見の王国

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 まだ吸い終わっていないタバコを雑然と街路に捨てる。誰かが不法に棄てた虹色の液体。その上にタバコが落ち、私は慌てて靴で踏みつけた。  時刻は夜明け前。まだ薄暗くはあるが、勤勉な研究者たちが多いため、そこいらの窓から明かりが漏れている。  予定していた時間よりも早く出発したためか頭が冴えない。普段なら予定通りに動くが、緊張の為よく眠れなかった。気晴らしにあまり吸わないタバコを吸うも、美味しくない。何もかも裏目にでている。まったく。慣れないことはしないに限る。  私は心の中で呟いた。そう、自分に向いていないことは他のものに任せるべきなのだ。素人が事件の捜査など出来やしないのに、何故私が乗り出さねばならんのだ。いっそのこと、何もかも投げ出して逃げてしまおうか。ここにこだわる必要性は決してないのだから。  私は不敵にほくそ笑んだ。心の奥底では分かっているのだ。そんな行動力はとうの昔に力尽きていることを。  誰かが小走りで近づいてくる。先生、と連呼し私の前に躍り出るとゼイゼイと呼吸し、異議がありそうな恨めしい目で睨んできた。 「どうして僕をおいていくんですか。出発するなら声をかけてくださいよ」 「まだこの仕事から降りないつもりかね」 「当然です。国王から直々に下された仕事ですよ。僕だって手伝うことくらいできます」  ああ、なんと青いのか。この純粋さこそ彼の取柄ではあるが、欠点もまたそれである。昨夜、散々説明したのにも関わらず、意地を張り通してここまでついてくるとは。これならば、なにも告げずにおくべきだった。後悔してももう遅いのだが。 「それにしても、物騒ですよね。こんな近くで殺人事件がおこるなんて」 「まだ殺人とは決まっていないがね」溜息をつきながら、私たちは事件の現場へ向かった。  この独裁国家ではあることが義務付けられている。すなわち、新しい発見をする事である。題目は問われない。科学、芸術、宗教。はたまた日常の豆知識に至るまで、まだ誰も知らない知識や経験を日々探している。  当然のごとく、そんな国にはアマチュアの研究者や芸術家の卵がはびこって、我先に重大な発見してやると、躍起になっている。  一年の節目でそれぞれの成果を聴衆に発表するのだが、今回の被害者には過去に受賞の経歴がある。確か、内容は蒸気機関車の煙に含まれる有害物質の除去がどうのこうの。  僕には関心のないことで記憶が曖昧だが、素晴らしい成果を上げた才人だ。最近の研究成果はどれも芳しくないようだったが、僕にとっては雲の上の存在に変わりない。  そんな高貴な人物が数週間前殺害された。熾烈な競争を強要されるこの国では、無論特許も早い者勝ちであり、あまり治安がいいとはいえない。これまでにも似た事件がいくつも起こり、そのたびに警察が動くことになる。  では、今回どうして先生が事件を担当することになったのか。実は、これは国王の情感が深く関わっている。  昨夜、先生からの愚痴も交じえた語りを要約すると、王は探偵を欲しがっているらしい。そこで、目をつけられたのが、先生だったのだ。選ばれた理由は多岐にわたって推測できるけれど、きっとろくなことではない。先生はそう言っていた。  恐らくは先生の心理学の論文を読んだのだと僕は思い当たった。観察においての条件についての論文が探偵めいた胡散臭さ満載で、話題に上がったことがある。  その話は置いておいて。重要なのは、これは国王の意向であり、上手くいけば、地位と名誉が約束される案件だという部分である。先生は偉大な研究者ではあるけれど、富と名声はミジンコと同等だ。家計も火の車である僕たちにとってこの仕事は渡りに船。先生は乗り気ではないけれど、これは大きなチャンスなのだ。
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