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第三十四話 絶望の足音が聞こえる
一月二十八日。午前七時半頃。
建設現場で、少年の死体が発見された。第一発見者は、その現場の作業員だった。
すぐに現場検証が始り、死体は検死に回された。同時に、初動捜査として、周辺地域の人達や現場作業員への聞き込みが行なわれた。
死体の身元はすぐに判明した。死体周辺に落ちていたスマートフォンから、持ち主が割り出されたのだ。すぐに持ち主の家族が呼ばれ、本人確認が行なわれた。
七瀬三春。五味秀一と同じ高校で、同じ学年の生徒。しかも、五味と親しくしていたという。
五味殺害事件に関して行なわれた聞き込みにおいても、七瀬の名前を口にする生徒は何人かいた。その全員が、彼のことを、このように記憶していた。
「五味の腰巾着。もしくは、金魚のフン。または、五味の手下」
そんな情報を掴んでいる警察内では、当然、五味殺害と七瀬殺害には関連性があると考えられた。
実際に、五味殺害と七瀬殺害の犯人は同一人物なのだ。つまり、七瀬の死体発見と捜査により、五味殺害の捜査についても、大きく前進することを意味する。
犯人特定、および逮捕への前進。
洋平は、絶望的な気分になっていた。思考の中には、数え切れないほどの「たら」「れば」が渦巻いていた。
もし、一月のあの日に異常なほど気温が上がらず、五味の死体が発見されていなければ。もし、学校内に美咲よりも遙かに美人の生徒がいて、五味が美咲に興味を持たなければ。もし、美咲が洋平のことを好きにならなければ。
~なら。
~れば。
もし~だとしたら。
洋平が考える、無数の仮定。いずれかひとつでも、現実のものになっていれば。
そう思いつつも、洋平の思考は、最終的にはたった一つの仮定に着地した。
自分が、五味達に殺されていなければ。あのとき、手加減せずに叩き潰していれば。
自分の命を犠牲にしてでも、美咲を守りたかった。どれほど凄惨な暴行を受けても、美咲を守れるなら構わなかった。美咲が無事であれば、どんな目にあったとしても満足だった。
それほどまでに深く、洋平は美咲を愛している。
それなのに、美咲が不幸になる未来が近付いている。確実に。着々と。絶望的な未来の足音が、耳元まで聞こえてくるようだ。静まり返った闇の中で袋小路に追い詰められ、少しずつ接近してくる。絶望の足音。カツーン、カツーンと響く足音。少しずつ、音量が大きくなってゆく足音。
洋平が何より恐れる、未来の足音。
なぜ、今の自分には何もできないのか。どうして自分は、美咲を守ることができないのか。あんなにも、美咲を守ることだけを考えてきたのに。あんなにも、美咲を守るためだけに努力したのに。
美咲を守ることができるなら、どんなことをしてもいい。あの凄惨な暴行を、再び受けてもいい。もう一度殺されてもいい。美咲の代わりに殺人犯になってもいい。
もし洋平に体があったなら、土下座し、泣きながら懇願しただろう。血が出るほど地面に額を擦り付け、頼み続けただろう。
どうか、美咲を幸せにしてください。美咲から、明るい未来を奪わないでください。美咲を不幸にしないでください。
実際に、洋平は、周囲で動き回る警察関係者達に訴え続けた。叫び続けた。一人一人に、必死に伝えようとした。
もちろん、洋平の声は誰にも届かない。誰一人として、洋平の声には耳を傾けない。傾けられない。
絶望の暗闇が、洋平を覆ってゆく。もう何も見えないはずの洋平に、自分を包む闇がはっきりと見えた。雲が太陽を隠すように、希望が消えてゆく。
警察署内での一つの報告が、洋平の希望を完全に消し去った。
それは、七瀬の検死結果だった。
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