回転する理不尽な世界

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『こちらは防災南地区です。昨夜午後十時から、南地区在住の平沢ひかるさんの行方が分からなくなっています。年齢は十歳。身長は百五十センチ前後。痩せ型の体型で、白のワンピースに赤い髪留めをしています。お心当たりの方は南警察署までご連絡ください。繰り返して、お知らせします。昨夜……』  気がつくと、少年はいつもの公園に立ち尽くしている。 周囲を見渡して見ると、昼下がりの公園は平穏な空気が流れていた。   砂場で遊ぶ子供達。子供のリュックサックを肩にかけながら談笑する三人の中年女性。ベンチに座りぼんやりと飛んでいく鳥を眺めているおばあさん。  少年は自分がなぜ公園にいるのかを考える。  学校の帰り道だろうか。それとも塾に向かっていた途中?   どれもピンと来ない。どうして僕はこんな昼間に公園にいるのだろう?  少年が考えている間にも、町内放送は行方が分からなくなった少女の特徴を叫び続けている。痩せ型。白い服。赤い髪留め。  少年はとにかく家に帰ろうと思い、公園の出口へと歩きだす。真っ白なワンピースを靡かせてブランコに揺られる少女と目が合ったのはその時だった。  会ったこともない女の子のはずなのに、少年は身体が痺れるような強烈な既視感を覚える。思わず立ち止まり、少女の吸い込まれるような黒く大きな瞳を少年は凝視する。  綺麗な女の子だな、と思う同時に少年は自分の琴線に何かが引っかかっていることを思い出す。既視感の正体の話だ。僕は何かを忘れている。  そこで少年はついさっき流れていた町内放送の断片的な内容を思い出した。 痩せ型。白い服。赤い髪留め。  少年はすぐに思い当たる。さっきの放送はあの女の子のことを言っていたんだと。  しかし少年はこれからどうすればいいのか分からなくなってしまう。このまま黙って警察署に連絡するべきなのだろうか? でもそれじゃあ、まるであの少女が犯罪者で僕が警察に通報しているみたいじゃないか。少女にはなにか理由があって、どこかから逃げ出してきたんじゃないのだろうか?  悩んだ挙げ句、少年は少女に声をかけることにする。警察に連絡するのはワケを聞き出してからでもいいと理由をつけたからだ。  ブランコに乗り揺れている少女は、少年が近づいてくることが分かると漕いでいる足を止め、不思議そうに首を傾げた。柔らかそうな黒い髪が華奢な右肩に垂れる。 「ねえ、さっきの放送ってキミの事を呼んでいたんじゃないの?」  そう言ってから、少年は自分の声が変に震えていることに気づく。思えば、女の子に自分から話しかけたのは初めてだったのだ。 「どうだろう。もしかしたら、どこかにわたしのそっくりさんがいるのかもしれないね」  少女はどうしてか楽しそうにはにかみながらそう答える。 「でも、さっきの放送の内容とキミの特徴はおんなじように見えるよ。白いワンピースとその赤い髪留め。それと……キミは何歳?」 「教えてあげないよー。それに女の人に年齢を聞くのは、デリカシーがない事だって教わらなかった?」  少女はブランコから降りて、腕を組み頬を膨らませながら少年を睨み付ける。そんな少女の一挙一足に少年は目を奪われてしまう。 「……まあとにかくさ、今は家に帰った方がいいよ。きっとキミのお母さんも心配してるんじゃないかと思うんだ」 「じゃあさ、送っていってよ。わたしがいま住んでるところまでさ」 「送っていくって、僕が?」 「あなた以外に誰がいるっていうの?」  少年は周囲を見渡して見る。するとさっきまで賑わっていたはずの公園の中には誰もいなかった。砂場にいた子供も、ベンチに座っていたおばあさんも誰一人いない。 「ねえ、送っていってくれる?」  少女は少年に詰め寄る。   少年が首を縦に振るのには時間はかからなかった。
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