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テーブルの上にバスケットが置かれている。
男性看護師がホールに戻ってきて、バスケットにかけられていた布巾を外した。
バスケットに収められていたのは、舟形のパンと、紙製のスープカップ。焼きたてふわふわのパンの上には、とろとろのチーズと半熟卵が乗っている。スープカップの中は、鶏肉がごろっと入ったホワイトシチューだ。しっかり3人分用意されている。
「タクちゃん、張り切ったねー?」
「そうだと思いますよ。匠さん、絶対に張り切っちゃってる。女の子が来ていると、家塚さんが伝えたんでしょう。いつもよりお洒落なもんをつくっちゃってるし。パン焼いちゃってるし」
和紙のような一筆箋に、楷書で「ハチャプリ シュクメルリ」と書かれている。
「はちゃぷり」
「しゅくめる」
職員ふたりは、片言のように読み上げ、首を傾げた。
ずきん、とミチカが胸が痛む気がした。思い出したくないことなのかもしれない。自分では気づかないふりをする。
「パンの方が、ハチャプリ。シチューみたいな方が、シュクメルリ。両方とも、ジョージアの料理です」
「お詳しいですね」
もうひとりの夜勤職員に言われ、ミチカは、曖昧に頷いておいた。
静かなホールで3人、ハチャプリとシュクメルリを頂く。
「椛さんは厨房の職員さんなんですけど、よく夜勤者に差し入れを持ってきてくれるんです。いつの間にか置いていってくれるんですけど、業務時間外はなかなか会えなくてお礼が言えないんです」
男性看護師は、優しく教えてくれる。ハチャプリの卵が割れて黄身がとろりとこぼれ、慌てて吸おうとする。そのタイミングで、ブザーの音がけたたましくホールに響く。
「ナースコールが鳴ってる。俺、行ってきますね」
「ありがとう、美九里」
その後、ホールはミチカと、美九里と呼ばれた男性看護師のふたりきりになった。彼はミチカに何も聞かない。あのとき……「思い」の集まりが危害を加えようとしたとき、彼も見たかもしれない。「思い」が見せた感情を。それでも、何も話さない。
シュクメルリのミルクソースをスプーンで掬い、ミチカは思い出した。姉にせがまれて、ウェブを検索しながら調理したシュクメルリを。パン生地の発酵に失敗して叱責されたハチャプリを。
涙がこぼれた。叔父と叔母と一緒に、レストランでピザを食べたことを思い出した。ビスマルクピザの卵を、ミチカにくれたことを。
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