第二章 あやし者の介護を始めます!

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 「のろい」と「まじない」は同じ漢字を充てる、と聞いたことがある。  ――この施設は、いつでもミチカさんを歓迎します。  アカシアホーム群馬の施設長、家塚弓子女史の言葉は、ミチカの中にずっと残っていた。  「のろい」のような重苦しさではなく、お「まじない」をかけられたような浮遊感。何十社からも不採用宣告を受けたミチカにとって、夢のようなスカウトだった。  2月以降も他の企業の求人にも応募してみたが、下手な鉄砲を数撃っても当たらない。アカシアホーム群馬の様子が頭から離れず、そちらの方が良かったと思ってしまったのだ。  思い切って、家塚施設長にお願いしてしまった。  働かせて下さい、と。  3月最終週。涙腺崩壊せんばかりに号泣する叔父と叔母をなだめ、ミチカは八王子を出発した。  前回の訪問と同じダイヤ。同じ時間に群馬藤岡駅に到着。  今日の目的地は、「アカシアホーム群馬」の社員寮である。  会社のホームページによると、アカシアホームは関東甲信越を中心に展開されている。ミチカのように遠方から入社する人のために社員寮もある。  同じ社員寮に住む職員がたまたま休日であり、駅まで迎えに来ることになっている。 「あ、ミチカさん」 「まろくん……さん。黒沢さん!」 「まろくんで良いですよ。お荷物、預かります」  駅の駐車スペースでミチカのスーツケースを受け取ったのは、男性看護師の黒沢美九里だった。パーカーの袖をまくり上げ、引き締まった腕があらわになっている。今日も栗色の髪が綺麗だ。 「先に買い物をしておきましょう。何か必要なものはありますか?」 「あ、じゃあ……」  ミチカは、知っている大型スーパーの名前を出した。幸い、市内にあるようで、美九里はそこに連れて行ってくれた。 「すみません、私のわがままで」 「遠慮しないで下さい。俺も買い出ししたくて来たんです。うちの寮って、ほとんどシェアハウスと同じなんです。自炊ですし、掃除や洗濯も自分でやらなくちゃならないし」  美九里はペットボトル飲料を段ボール箱ごと選び、カートの下段に乗せた。 「今、寮に住んでいるの、俺だけだったんです。良かった、ミチカさんが来てくれて。もうひとり、新入社員が寮に来ることになっているので、寂しくなくなります」  ふと、美九里は思い出すように目を泳がせた。 「……すみません。施設長が、ごくナチュラルに江原さんのことを『ミチカさん』と呼ぶから、皆すでに『ミチカさん』と言っています」 「大丈夫です! 全然! ミチカと呼んで下さい。ほら、私達、同年代だし!」  聞けば、美九里はミチカより1学年上。出身はこの辺りだが、色々あって社員寮に住んでいるそうだ。  お会計の後、同じ敷地内の百円均一の前を通った。  中学時代、お小遣いを工面して百均で毛糸や布を買ってハンドメイドをしていた。  もう、何年も手仕事をやっていない。やっていたことすら忘れていた。
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