第二章 あやし者の介護を始めます!

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 目覚める寸前、八王子の家の天井が見えた気がした。  しかし、まぶたを開けて目にしたのは、見慣れない天井。  社員寮の部屋の天井だ。  ミチカは目覚まし時計代わりのスマートフォンで時間を確認し、ベッドから起き上がった。  午前7時。寝過ぎた。  朝ご飯! お洗濯! お掃除! その前に、お着替え!  整理し切れていない段ボール箱から私服を引っ張り出し、急いで着替える。  階段を下りて階下に着くと、玄関に大柄な男性の姿を見つけた。 「おはようございます!」 「おはよう、ミチカちゃん。俺、走りに行ってくるね。帰ってきたらシャワーを浴びるから、洗濯はその後やるよ。ミチカちゃんはゆっくり寝てて!」 「朝ご飯は!」 「食った!」  インスタントラーメンの商品名みたいな返事をして、美九里は颯爽とランニングに出かけた。  ぽつんと残されたミチカは、ややあって大切なことに気づいた。  化粧するの忘れてた!  自室に戻ってメイクポーチを探し、ファンデーション、チーク、アイシャドウだけの簡単なメイクをする。  ここは空気が静かだ。今までは東京が騒がしいと思わなかったが、群馬の山の中は、雑音がない。誰かの「思い」がふわふわと漂っているが、それらの意識はミチカに背を向けている。  昨夜は楽しかった。学生時代の修学旅行や研修旅行みたいだった。酒のせいか記憶が曖昧だが、羽目を外した感覚は無い。多分。  気を取り直して、階下のキッチンに向かった。  昨夜の残りのポトフとオードブル、バケットがある。このまま朝食にできる品だ。もしかして、椛という人は、ここまで考えてこのメニューにしたのだろうか。いつぞやのハチャプリとシュクメルリのこともあるし、会ったらお礼を言わなくては。  寸胴鍋のポトフをガスコンロで温め返している間に、ミチカはキッチン内を物色した。キッチン用品は揃っているが、頻繁に使用されているか怪しい。冷蔵庫は、飲料は多いが食料品は少ない。なぜか、プロテインとサラダチキンがある。  ホーロー鍋に水道水を並々注ぎ、ポトフの隣で沸騰させる。その中に、入れられるだけの食器と調理器具を入れ、煮沸消毒した。  ポトフとバケットで朝食を摂っている間に美九里が帰ってきた。 「ミチカちゃん……出来る女だ」 「何が!?」 「煮沸消毒なんて、仕事で何回かしかやらないのに、プライベートでなさるなんて」  美九里は看護師だ。看護業務で消毒をすることもあるだろう。 「俺、シャワー浴びてくるね」 「じゃあ、私が洗濯機をまわしておくよ」 「え、いいよ。別で洗うから」 「水道光熱費がもったいないよ。一緒に洗う」 「ミチカちゃんに俺のパンツを洗わせるわけにはいかない」 「いいから、パンツ出して。まろくんのパンツも洗うから」 「おはよ……朝からパンツ、パンツ聞こえるんだけど」 「ユキチもパンツ出して。一緒に洗濯するから」 「なぜにパンツ限定? つーか、ミチカにパンツ、パンツ言わせてんじゃねえよ!」
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