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遠目からでも目立つ、メンズモデルみたいにスタイルの良い長身の男性。近くで見ると、目鼻立ちのはっきりした俳優みたいだ。時代劇に出られそう。土方歳三が似合うかも。
「匠さん」
「ユキチさん、お久しぶりです。ようこそ、藤岡へ」
「採用して頂き、本当にありがとうございます。頑張ります」
匠と呼ばれた長身男性は、弟でも見るかのように目を細める。
「そちらは江原ミチカさんですね?」
「あ、はいっ!」
例の匠にようやく会えた驚きのあまり、ミチカの声が裏返ってしまった。
「申し遅れました。犬養匠と申します。ユキチさんが面接に来て下さったときには、施設長をしていましたが、今は異動して本社に勤務しています。新しい名刺をお渡しさせて下さいな。連絡先も書いておりますので」
ディスカウントショップの通路で、お名刺を頂戴し、ミチカもユキチも目をひん剝いてしまった。
--代表取締役社長⁉
驚きのあまり声も出なかった。
匠は涼しい顔で「そうそう」と話題を変える。
「セツエさんが、ユキチさんに会いたがっていましたよ」
その名前がでると、ユキチは渋い顔をした。
匠は察したように「大丈夫」という。
「あのようなことは、滅多に起きません。安心して下さい」
匠は、カートをちらりと見やった。
「……もしよかったら、お野菜を持ってゆきませんか? 近所のかたから頂いて食べきれないものがたくさんあるんです」
そんな、悪いです。
ミチカは遠慮して断ろうとしたが。
「いいんですか?」
「その方が助かります。あと、近所の人からもらった野菜とかもあるけど、食います?」
「いいんですか?」
ユキチが食いついた。
「食べきれないほどあるので」
「欲しいです!」
交渉成立。匠の住所を教えてもらい、後でお邪魔することにした。
ユキチが教えたいところ、というのは、市立図書館だった。
「ミチカは本が好きだったね」
「うん」
本当は、読書が特別好きなわけではない。金銭的に余裕がないから、本を買う金を節約するために図書館や図書室を利用していただけだ。
利用カードをつくり、早速、小説の新刊を借りた。電子書籍の利用申し込みもできるようだが、時間がかかるようなので、そちらは後日行うことにした。
匠の家は、「喫茶やまよしや」の近くにあった。
昔ながらの二階建ての木造建築。表札は、犬養ではなく、「入」と書かれていた。ユキチが「いり」と読んだ。
「祖母の家なんです」
匠は、それだけ言った。
ミチカは気づいた。
この家は、「思い」が強く残っている。それも、匠を心配して見守る「思い」。匠は言わないが、おそらく祖母はすでに他界している。
「これ、持っていって下さい」
匠が段ボール箱に詰めてくれたのは、
キャベツや大根、ブロッコリー、カリフラワー。豆腐屋さんの豆腐もくれた。
「これも、よかったら使ってくれませんか?」
匠がミチカに渡したのは、菓子の缶に入ったソーイングセットと、紙袋に入った毛糸、端布、手芸の本だった。
ミチカは、自分の心が温かく脹らむ気がした。
「女の子だから、というわけではないんですけど、使ってくれる人がいれば祖母も喜ぶと思います」
「ありがたく使わせて頂きます」
追加するように、つい先程近所の人が持ってきたという、太巻き寿司までもらってしまった。
「ふたりとも、気負わずにやって下さい。真澄ちゃん……秋沢さんは優しいから、相談に乗ってくれると思いますよ」
秋沢真澄の名前が出たとき、匠の雰囲気が柔らかくなった。
刹那。
「たーくーみー!」
匠に何かが抱きついた。
「やーきーん、つーかーれーたー!」
「はいはい、お風呂で疲れを取って下さいね」
匠は慣れたように、その人を引きずるように家の奥に連れて行った。引き戸の開閉音から、風呂場っぽい。
「今のが真澄ちゃんです」
戻ってきた匠が、爽やかに紹介してくれた。
「あの見学のときの」
ミチカを駅に迎えに来てくれた美男子だ。
「人手が足りないときは夜勤もやってくれます。優しいし、面白い人です」
「えっと……おふたりのご関係は」
ユキチが訊ねると、匠は人差し指を自分の唇に当てて微笑んだ。
ミチカは「あれ?」と思った。匠の雰囲気は、自分達とは異なる。どちらかというと、アカシアホームのご利用者様に近い。ご利用者様は、見学のときにしか会っていないが。
社員寮に帰ったら、太巻き寿司で昼食にして、大掃除の途中で、もう夕方。
美九里が仕事から帰ってきたら、頂いたキャベツを使ってロールキャベツで夕飯にした。
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