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姉が自ら命を絶ったのは、10月。四十九日は12月に行われた。
主がいなくなった部屋は、未だに「思い」が黒いもやのように漂っていた。
本棚に入りきらず山のように横積みされた書籍。綺麗に手入れされたスーツやパンプス。それらから、姉や姉にまとわりついていた「思い」が、今もここにいる。
姉が暮らしていた桜新町のアパートは引き払う約束になっていた。早いうちに片付けなくてはならない、とミチカは思っていた。思っていたが、なかなか実行できない。
日曜日、叔父夫婦が姉の持ち物の片付けを手伝いに来てくれた。
「茉莉ちゃんは、物持ちが良かったのね」
霊感のない叔母は、躊躇なくクローゼットを開け、ハンガーにかけられた姉の衣類を眺める。それから、ミチカを優しい目で見る。
「燃やしちゃおうか」
おおい、と叔父が間抜けな突っ込みをした。
「そのために、神社とかにお炊き上げのサービスがあるんでしょう」
叔母は、花が咲いたように軽く微笑む。
「知り合いの神主さんには連絡してあるから、どんどん運んじゃいましょうね。ほらほら」
叔父を使いながら、叔母はどんどん遺品を片付けてゆく。叔父が運転してきたバンに遺品を積むと部屋の中が空いてきて、「思い」も薄くなってゆく。
ただ、ミチカは澱のように黒いものが自分の中に積もる気がした。
「はー、進んだ、進んだ。今日はこのくらいにして、お昼食べに行こうか」
叔父の運転するバンに乗せてもらい、姉の遺品は神社に預け後日お炊き上げしてもらうことになった。その後は、叔母おすすめのイタリアンレストランで昼食。ピザ窯で焼きたてのトマトとバジルのピザと、初めて食べるビスマルクピザに、ミチカは思わず鼻歌をこぼした。それと同時に、涙がこぼれた。泣いたのは、ずいぶん久しぶりだった。
「ミチカちゃん」
「大丈夫よ」
叔父も叔母も、ミチカに優しく接してくれる。
叔父夫婦とミチカは、戸籍上親子関係にある。実の両親は、ミチカが10歳のときに他界した。子どもがいない叔父夫婦は、当時18歳だったミチカの姉も、ミチカも、養子にしてくれた。
底抜けに優しい叔父夫婦。だからこそ、甘えることはできない。
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