第一章 あやし者の介護をすることになりそうです

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 ミチカはおばあちゃんを抱っこしたまま、よたよたと移動し、近くのベンチに腰を下ろした。  おばあちゃんは自分でいそいそと動き、ミチカの隣にちょこんと座った。 「ありがとね」  手を合わせて拝まれてしまい、ミチカもつられておばあちゃんを拝んでしまった。  月明かりに照らされたこの場所は、周囲を山や森林に囲まれて静かであるはずなのに、空気がざわついている。「思い」が集まっているのだとミチカは感じた。この場所は、おそらく、何人もの人が命を落としている。  ミチカはスマートフォンを出し、現在地を調べた。  GPSの位置情報が示したのは、群馬県藤岡市。山奥の貯水池。  ここは確か、ミチカの姉が自殺した場所だ。姉の死因は、貯水池に落ちたことによる溺死。遺書はなかったが、自殺だろう。  ぞわっと身の毛がよだつ感じがした。それを隙と見なされたのか、「思い」の矛先がミチカに向けられる。  またブラックアウトしてしまうかもしれない。首を絞められるかもしれない。どうしたら良いのか、わからない。高齢者が隣にいて、必然的に自分が高齢者を守らなくてはならないのに。  ミチカは、小柄な割に重いおばあちゃんを抱えて貯水池から離れることにした。  「思い」が攻撃するようなことはないが、隙を突いて巻き込む機会をうかがっている感じがした。  焦りながら、速く進めず、舗装の割れたアスファルトを歩いていると、道の先に人影が見えた。  相手が気づき、ダッシュで近づいてくる。  おばあちゃんが、元気良く両手を上げた。 「まろくんー!」  おばあちゃんは、嬉しそうだ。このおばあちゃんが心を許した人なら平気だろう、という妙な安心感がある。 「ふみさん!」  相手が呼んだのは、多分、おばあちゃんの名前だ。  相手は、ミチカと同世代の男性だ。遠目ではわからなかったが、意外にも大柄で、優しい顔立ちをしている。黒髪ではなく茶髪の類だと、月明かりでもわかる。作務衣を着ているように見えたが、近くで見ると、生地は病院のスタッフが着るウエアのようだ。 「ありがとうございます。ふみさん……このかた、重いでしょう。代わりますね」  男性は、おばあちゃんを軽々と抱き上げ、おばあちゃんも「あ~う~」と男性に擦りつく。 「申し遅れました。自分は、介護施設で看護師をしております、黒沢と申します。このかたは、施設のご利用者様なんです。見つけて下さって、ありがとうございます。状況を把握したいので、わかることを教えて頂きたいのですが」  ごめんなさい。この状況を教えて頂きたいのは私の方です。  ミチカがそう言いそうになったとき、ひやりとした空気がうねる感じがした。貯水池の方からだ。ミチカがとっさに貯水池の方を見ると、看護師だという男性も目を細めて同じ方を睨みつけた。  複数の「思い」が混ざり合い、黒いもやと化す。低いうなり声が響き、ミチカ達を目がけて飛びかかってくる。  そのときだった。  おばあちゃんがまばゆい光で輝き始め、宙に浮き、「思い」からかばうように両手を広げたのは。  おばあちゃんの姿に重なるように、白い影が現れたのは。その影が、長い尾を振る狐のようだったのは。
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