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ミチカの両親は、ものをはっきり言う人だった。
ミチカのことも姉のことも、良いところは褒め、悪いところは怒った。
両親は次第に怒ることが増え、二人の周囲には黒いもやが現れるようになった。
父も母も、互いを激しく罵り合い、顔を合わせれば喧嘩ばかりするようになった。本や食器を投げ合い、それらがミチカと姉にぶつかることも少なくなかった。姉はミチカをかばい、怪我を負うこともあった。その頃には、姉にも黒いもやがまとわりついていた。
最悪の結果が現れたのは、ミチカが10歳の夏。当時高校3年生で18歳だった姉が、お祭りに行こうと誘ってくれたのだ。
ミチカは乗り気ではなかったが、押しの強い姉に根負けし、夏祭りで賑わう夜の街に出かけた。
祭りが楽しかったかどうか、ミチカは覚えていない。
姉に連れ回されてかなり遅い時間に帰宅すると、両親は事切れていた。
血がべったりついた置き時計が小気味良く時を刻み、家の中は黒いもやが充満し、空気がざわついていたことは、12年経った今でも覚えている。
気がつくと、ミチカは自分が今まで眠っていたことに気づいた。
寝返りを打つと、体の節々が悲鳴を上げ、自分も不細工な声で悶絶してしまう。
痛みをこらえて起き上がり、直前までの記憶をたどる。
ファンタジーみたいな不可解な出来事は、しっかり覚えていた。
今いる場所は、多分、介護施設。病院みたいなベッドに、薄くて堅いマットレス。パーテーションの向こうが明るい。
隠しカメラでもあるんじゃないかと疑い、ベッドから下りると、足音が近づいて、パーテーションの向こうからひょこっと覗かれた。
「あ、目が覚めた。美九里、あの子が起きたよ」
可愛らしい声……といっても、ミチカの姉とは明らかに異なる声の女性が、誰かを呼んだ。
「よ……よかった」
来たのは、例の男性看護師だ。戸に手をかけたまま、安心したようにへたり込んでしまう。
彼の背中をちょんちょんと指で突くのは、あのときのおばあちゃん。ふみさんと呼ばれていた人だ。
「よかったよ~」
子どものように泣いてしまったその背中に、白い狐の姿を、ミチカははっきりと見た。
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