第一章 あやし者の介護をすることになりそうです

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「ふみさん、もう真夜中だから、寝ましょうね」  ふみさんおばあちゃんは、男性看護師に抱っこされ、戸が開いたままの部屋に連れ込まれた。  ミチカは、ひょっこり廊下に顔を出すような感じでそれを見届け、自分が眠っていたベッドの下に置かれた自分の鞄からスマートフォンを出した。  電源は、入る。電波も通る。  現在の時間は、22時。  叔父と叔母から不在着信が何件もあった。行方を心配するメールも来ていた。すぐに電話をしようとするも、説明が難しい。  ベッドに腰かけて文言を考えていると、部屋の戸がノックされた。 「エハラミチカさん、でしたね。学生証を拝見しました」  見知らぬ女性だった。年の頃は、ミチカの叔母より少し上。50代半ばに見える。普段着のようだが、本人の雰囲気は、洗練されている。 「施設長の家塚(いえつか)といいます。うちの黒沢から話は聞きました。大変なことに巻き込んでしまい、申し訳ありません」  家塚施設長は、深々と頭を下げる。  ミチカは立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。 「いえ、私は助けて頂いたのですけど……色々と、わからなくて」 「ごもっともです。できる範囲でお話し致します。ですが、江原さんからも、状況をお話し頂けますか?」  ミチカは、はい、と頷いた。  そのとき、スマートフォンから着信音が鳴り始めた。  叔父からの電話だった。 「拝借します」  家塚施設長は、ミチカのスマートフォンを操作し、スピーカーの通話状態にした。 「お待たせ致しました。有料老人ホーム『アカシアホーム群馬』の施設長をしております、家塚弓子(ゆみこ)と申します。今、江原さん……ミチカさんの携帯電話をお借りしています」 『ミチカちゃんは! いるんですか?』  電話の向こうの声は、叔母だった。俺に代わって、と叔父の声も聞こえる。 「心配かけて、ごめんなさい。私は無事です」  ミチカが横から割り込むと、叔母が安堵の溜息をついたのが聞こえた。 『良かった……でも、なぜ群馬に?』 「藤岡市の貯水池にいたそうです。厳密には……」  家塚施設長は、ミチカがいた貯水池の名前を告げた。すると、叔父と叔母、ふたりが息を呑む音が聞こえた。  やはり、と家塚施設長は何かに納得したように頷いた。 「あの江原さんだったんですね」 『ご存じでしたか』  叔父が電話に代わった。 「新聞に載りましたから」  やっぱり、と叔父が唸った。 『非現実的ですが、あの貯水池で亡くなった、ミチカちゃんの姉が、引きずり込もうとしたんじゃないかと、想像してしまいました』 「おそらく、そうでしょう」  家塚施設長は、断言した。 「あの貯水池は、もともと悪霊みたいなものが集まりやすい場所で、そういう悪さをするものに引きずり込まれて亡くなる人が何人もいるんです。昼間は平気なのですが、この辺の人は、夜になると警戒して近寄りません」 『そんなところで茉莉ちゃん……あの子は亡くなったんですね』 「ご愁傷様でした」 『いえ』  叔父は口を閉ざしたようだ。 『ミチカちゃん……姪が無事で、良かったです。救って下さり、ありがとうございました』 「いえ、とんでもないことでございます。ところで、今晩は……」  交通の便が悪く、終電に間に合わないだろう。うちは空き室がありますから、今夜は泊まって下さい。  家塚施設長がそう提案し、ミチカは一泊することになった。
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