他山の石、拾わず

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「私は知っている。 私の恋人は浮気をしている。最愛の彼、ひかるくん。君がそんなことをするなんて信じたくない。けれど、私が手に握るスマホに表示されたその写真は、私の気持ちを肯定してくれはしなかった。  インスタに一週間前に投稿されたその写真を見つけた時、ショックでしばらく動けなかった。私とは真逆のキラキラした女の子が満面の笑みで写っている。画面の大半を、新作のドリンクをもってこちらを見つめるその子が占めていた。  その奥。女の子の細い二の腕と体の隙間から見える、二人掛けのテーブルの向こう。  私がひかるくんに贈った銀色のブレスレットが、その顔をのぞかせていた。   店で頼んで彫ってもらった「hikaru」の文字が、私をあざ笑うかのようにくっきりと写っている。  認めざるを得なかった。  これが初めてではない。こういう匂わせが何度もあった。しかも、この子は彼のサークル仲間だ。同じ大学に通う私は、ひかるくんの彼女ということもあり、この子と会う機会が何度かあった。  彼女は間違いなく私より上の人間だ。実際に会って思い知らされた。私が彼女に勝っているところといえば、前髪の長さくらいだろうか。もし私が男なら、絶対に私ではなく彼女を選ぶだろう。  でも。  私と彼は付き合っているし、好きだとお互いに言い合って笑いあったこともある。何より、私は彼が大好きだ。何があっても別れたくない。  このままではかわいいあの子にひかるくんをとられてしまう。それは何としても避けたい。  苦肉の策で思いついたのが、「かわいいあの子をマネする」という、なんとも単純なものだった。あの子の見た目が好きなら、それに近づけば気をひけると思ったのだ。  まず、彼女のように髪を明るい茶色に染めた。髪が傷むのが残念だが、ひかるくんが戻ってきてくれるのなら安いものだ。昼休みにひかるくんとランチをとっていたら、「かわいい」とほめてくれた。この方法は効果があるのかもしれない。私はこのマネ作戦を続けることにした。  そうして、メイクを変え、服を変え、外見の変化からか、あの子のように性格も上向きになってきたように感じる。彼も私が変わるたびに褒めてくれたが、急に見た目を変えた私に何かおかしいと思ったのか、困り眉で聞いてきた。  「なあ、何かあったの?最近急に髪とか服装とか、雰囲気変わったけど。もし悩んでることがあるなら教えてほしい。」  君とあの女の子のせいだよ、と感情に任せて言いたくなったが、ここでひかるくんに嫌われては本末転倒だ。いろいろが重なり不安になったことを、ゆっくり言葉を尽くして伝えた。  すると、ひかるくんは真剣な顔のまま、私の肩に手を置いて言った。  「心配にさせてごめん。君がそんなに悩んでるなんて......。これからは僕の気持ちが伝わるよう、もっと君を大事にするよ。」 きりりとした顔でそんなセリフを言う彼に、思わずきゅんとする。やっぱり彼は、私を大切にしてくれているのだ。浮気だなんて、きっと何かの間違いだ。私と彼は愛し合っている。大丈夫だ、きっと......。」                     「GAME OVER」  主人公の肩に手を置くひかるくんのスチルがブラックアウトし、その上に青い文字が躍り出る。 「だー、これで何回目だよ!この主人公、いくらなんでも惚れっぽすぎ!あんなセリフひとつで納得しちゃうなんて。たしかにひかるくん、顔はいいけどさぁ......。」  わたしは、今はやりのダメ男を成敗するゲーム、「見抜け!アンリライアブル」略して「アンリラ」をプレイしている。今はまだ第三章なのだが、いかんせん主人公が惚れっぽくてゲームオーバーばかりしている。これは私にゲームの才能がないのか、それとも仕様なのか。一発、クレームでも入れてやろうかと思った。  友達にお勧めされてここまでプレイしてみたが、なんだか飽きてきた。定期テストが近づいていることだし、昨日の授業の復習でもするかな。  セーブをしてからゲーム機の電源を切り、筆記用具を取り出そうとしたその時、スマホが鳴った。誰かから電話だ。  「もしもし。あ、小林君!なに、何か用?もしかして今日のデートのことでなにか......えっ、これなくなっちゃったの?なんで...え、家族が病院に!?それは大変だね、もちろんいってあげて。わたしのことはいいから。......うん、うん、小林君も気を付けてね。じゃあ、またね。」  電話に出たときの高まったテンションはすっかりしぼんでしまった。小林君に出かける約束をドタキャンされた。これで五回目だ。でも毎回埋め合わせをしてくれるし、家族に大事があったのならしょうがない。小林君はやさしいので、わたしがわがままを言っては困ってしまうだろう。だから、こういう時に限らず、文句はできる限り言わないようにしている。  仕方がないから、空いた時間をゲームをしてつぶすことにした。腐っても恋愛ゲームだし、寂しい気持ちも少しはまぎれるだろう。  さきほど切った電源をもう一度つける。よし、今度こそひかるくんを成敗してみせるぞ。一人決意を固めて、データをロードした。 「おーい、こっちこっち!......ううん、待ってないよ。...え、彼女は大丈夫なのかって?へーきへーき。後で謝って、甘い言葉かければ、すーぐ「いいよ、小林く~ん」て言って許してくれるんだから。それより、駅前に新しくカフェできたの知ってる?雰囲気、いい感じなんだよね。よかったら行ってみない?」    
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