毎日でも見つけて。

1/1

1人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

毎日でも見つけて。

 見つけた。やっと見つけた。  今日はいつもより、彼女が来るのが遅かった。  走ってここまで来たのだろう。少し紅潮した頬で、息を弾ませている彼女はまた違った魅力がある。  おれは胸の内の興奮を抑えながら、澄ました顔で彼女と同じ車両に乗り込む。  この駅の近くにある高校の制服を身に纏った彼女は、今日も本当にきれいだ。  おれのバイト先にいるガミガミとうるさい女上司や、敬語すらまともに使えない生意気な後輩女子なんかとは訳が違う。  一言も話したことはないが、半年ほど前に偶然この駅で彼女の姿を見てからというもの、おれは完全に彼女の虜となった。  この駅にいれば彼女を見られる。それから毎日、この駅をおれは訪れた。  最初の頃は彼女を見つけ出せずに絶望して帰宅することもあったが、1ヶ月もすれば彼女が何時頃に登校し、何時頃に下校するのかのサイクルが掴めてきて、無駄なく彼女を見つけることができるようになった。  何なら最近は、彼女が学校のグラウンドに出ている時間も把握できるようになってきた。おそらく体育の時間なのだろう。学校指定の少しダサい体操着を着ている姿というのもたまらなく魅力的だ。  制服のおかげでどこの学校に通っているかなんてすぐに割り出せた。今頃あの教室のどこかであの子が授業を受けているんだなと思いながら学校の周囲を散歩していると、なんと体操着を着た彼女が登場したというわけだ。この曜日のこの時間は体育の授業なんだとわかったその日は、家に帰ってからも興奮がおさまらず、枕に顔を埋めたまま何度も大声を出してしまった。  まあ間違いなく、おれはいわゆるストーカーというやつだ。変態だ。だが、それがなんだというのだ。  朝と夕方、彼女と同じ電車の車両に乗って、彼女が降りるまでチラチラとその姿を見るだけだ。体育の授業中、散歩をしている風を装って遠目に眺めているだけだ。その他の時間はちゃんとバイトにだって休まずに行っているし、親の家事も手伝っている。親父からは早く就職しろとせっつかれるが、おれはまだ30代だ。いくらでもやり直しが効く。もう少し脛をかじらせてもらわないと。  ……ん? 今、彼女と目があったような……。  今日の彼女は、いつもと違った魅力を放っていたからか、少し見すぎてしまったようだ。うっかり警察に通報なんてされては大変だ。  おれはそっと顎を引き、俯いているふりをしながら、彼女の脚を眺めていた。  ◇◆◇  わざと少し遅めに学校を出てみた。今の時間なら、走って駅まで行ってギリギリいつもの電車に間に合うだろう。  もともと運動はそんなに得意じゃない。駅にたどり着いた時には、たいした距離を走ったわけでもないのに息が弾んだ。  これでいい。息を弾ませることが目的だったのだから。  今日もどこかで私を見ているんでしょ?見つけてくれた?ほっぺが少し赤くなってるでしょ。そうなったら少し色っぽいかなと思って、わざと走ってきたの。  最初は偶然かと思っていた。でも、2週間も毎日同じ電車の同じ車両に、同じ時間に乗り込んでくる人を見つけたら、誰だってストーカーだって気づくよね。  視線だけでも、私を求めているのがすぐにわかった。  体育の授業だって、本当は体育館でできるバレーが良かったのに、わざとグラウンドでできる陸上を選択してあげたんだから。  体育の授業時間まで把握されているとわかったその日は、家に帰ってからも興奮がおさまらず、枕に顔を埋めたまま何度も大声を出してしまった。  まあ間違いなく、私はストーキングされているのを喜んでいる。変態だ。だが、それがなんだというのだ。  今まで男性から求められたことなんか一回もなかった。周りの友達が次々に彼氏ができる中、私1人がずっと惨めな思いをしてきたのだ。  見ず知らずの、いかにもフリーターそのものといった野暮ったい風貌のおじさんでも、私のことを求めている人がこの世にいると思うと、興奮が冷めやらない。  私は、何気ない風を装って、わざとあの男と視線を合わせた。男はあからさまに目線を外し、俯いたふりをして私の脚をねっとりと眺めている。  下手くそなやつ。  でも、それもかわいいと思い始めていた。  ストーキングされるようになってから半年ほど経ったはずだし、この辺で私は、あの男とわざと目を合わせるようにしていこうと思っている。そして、目が合うたびにわざと嫌そうな顔をしてやるのだ。  本物のストーカーというやつは、相手が嫌がっていることがわかると逆に興奮するらしい。なぜなら、嫌がられているということは、自分の存在を認識しているということになるからだそうだ。  ストーキングしていることがバレたら困るくせに、認識されると嬉しくなる。本当にどうしようもないくらい、私の自尊心を満たしてくれる存在だ。  そうやって私の脚を眺めていられるのも今のうちだ。  今にもっと、私にハマらせてやる。  そうやって毎日でも、私を見つけにきて。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加