550円の幸福

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 「……金がねぇンだわ」  大学構内、六号館の裏手を進んだ先にある喫煙所。短くなった煙草に火をつけて咥えた俺に、同期の間宮が苦言を呈してきたのでそう答えた。  丁寧にセットされた髪、何処かのブランドものらしい腕時計。間宮は俺よりちゃんとした人間であるくせして、何故か“自分も仲間だ”みたいな顔で近付いてくる。そういうところがいけ好かなかった。  「なんでそんな金欠なんだよ。別にギャンブルとかしてるわけじゃなくねぇ?」  「苦学生っつーのはな、生きてるだけで金がかかンだよ」  「つってもお前真面目に学生してねぇだろうが。今だって四限サボってるくせに」  「お前も人のこと言えねぇだろ」  「俺は四限休講だから。正当な理由でここにいんの」  「あっそ」  吐き出した煙がいつもより苦く感じられて、手元に視線を落とす。紙の俺と、電子の間宮。以前、最近人気ですぐに売り切れるため、なかなか手に入らないモデルのスティックを手に入れたと自慢げにしていた。俺はとにかく、いつだって安いものを求めている。たったそれだけのことで、格の違いみたいなものを見せつけられているような気がして無造作な髪を掻き毟った。  「佐々原さぁ」  「あ゛?」  「どうせこうやって時間持て余してんなら、試しにアレやってみれば?」  「アレ?」  「この前SNSで見たんだけど。最近流行ってるらしいぜ、指名手配犯探し」  「……指名手配犯だァ? ハッ、くだらねぇ。警察が探して見つかンねぇのに、ただの学生に見つけられっかよ」  「一般人だからこそ、意外と身近に潜んでる奴に気付けるかもしれねぇじゃん? 一応送っとくわ、指名手配犯リストが載ってるサイト」  間宮が言い終わったのと同時に、スマホが情けない音を立てた。どうやらマジで送ってきやがったらしい。  試しにリンクをクリックしてみる。飛ばされたサイトは何だか雰囲気が重々しく、警視庁とかではなくて、一個人がありとあらゆる指名手配犯の情報を纏めたものらしい。  適当に顔写真を眺めながら画面をスクロールして、確かに、街中ですれ違っても気付かねぇだろうな、と思った。  「佐々原」  「ンだよ」  「変な気起こすなよ」  「……っせぇよ」  間宮の瞳に冗談の色は混じっていなかった。多分こいつは俺のことを、いざとなったら簡単に“そっち側”に回れてしまう人間だと思っているのだろう。  燻った気持ちごと灰皿に押し付けて、別れの言葉もなく煙たい空気を後にした。
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