1年3組

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1年3組

「本日から現代文の授業を担当します、Tです」  僕たちの入学と同時に日ノ出町高校に赴任したT先生は、仏頂面でそう言い放った。  チョークが折れそうなほど濃く書かれた名前は笑ってしまうくらい大きい。僕は席が1番後ろだったから、クラスみんなの動揺する姿がよく見えた。  教卓に置かれた山ほどの教材。使い古してボロボロの辞書。  ストロー素材の洗濯カゴから飛び出る孫の手。  薄桃色カーディガンはだぼだぼで、背を向けると禿げ上がった頭頂部が丸見えだった。 「じゃ、授業を始めます」  早口でまくし立てるように始まった最初の授業は衝撃的だった。 「時間、日付」  机を叩かれた、1番前の席に座る麻生が狼狽える。T先生はもう1度同じ言葉を繰り返した。「ひ、ひづけ……?」と麻生が言うと、 「4月15日、19番」  橘が当てられた。  その他にも適当に数人の生徒が当てられて、板書をするように指示が出された。  チョークを片手に固まるばかりで、誰1人板書をする様子がない。 「駄目ですね、教科書もノートも真っ白。いいです。席に戻りなさい」  ゴマ粒みたいに小さな目を尖らせて、T先生は自分で板書を始めた。 「ここは~~で、~~」  カン! カン!  話すたびに孫の手が黒板を叩く。指示棒の代わりらしい。ヒートアップすると指示棒すら教卓に置いて、自分の拳で黒板を叩き始めた。振動で壁が震える。向こう側の3年2組にはいい迷惑だろう。 「じゃ、終わります。号令」  50分の授業が半分の時間に感じた。  体験したことのないスピード感に誰もが困惑していた。説明も板書も、何もかもが速い。ノートを写し終わっていなかった僕はペンを片手に持ったまま、日直の号令に従った。  T先生が大きな足音を立てて教室を出て行くと、示し合わせたわけでもないのに、みんながホッと息をついたのが分かった。 「なんだよ、あいつ。意味わかんねぇ」 「いきなり時間か日付か聞かれても……」 「予習しろとか言われてなかったし」  教室は瞬く間にT先生への文句で溢れかえった。本日1番の被害者であろう麻生は、泣きそうな顔で僕の机まで来た。 「これから現代文の授業、あいつなんだろ? 毎回こんなことすんの?」 「……どんまい、麻生」  1番前でなくて良かったという言葉を胸に留めながら、僕は友人を慰めた。
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