1年3組

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1年3組

 T先生のゴマ粒みたいな目は鋭くて、その目が特に光る時間が小テストだった。  漢字問題が10問、T先生お手製の要約問題が1問。ともに教科書が出題範囲だ。  小テストの漢字問題は1問2点、合計20点となっている。16点を下回ると、やり直してT先生の所まで再提出しに行かなければならない。  要約問題は非常に難易度が高いので点数には数えられない。ただ、間違えると赤ペンでテスト用紙の半分が埋まるほどT先生に書き込みをされる。  僕はどちらかといえば国語が得意で、感覚で解いていくタイプだった。一応予習をするので漢字問題はほとんど合っている。要約問題も、まあ半分くらいは合っていた。 「……げっ」  だから初めて『再提出‼』と書かれたテスト用紙を返却された時、自分の迂闊さを呪った。 「あ~油断したな。樹、いつも満点なのに。珍しいな」 「家帰ってそのまま寝たんだよ……あーサイアク」  同じく『再提出‼‼』と書かれたテスト用紙を持つ麻生は僕が初めて再提出をくらったからか、どこか嬉し気な様子だった。  帰宅部のお前と一緒にするな。こちとら部活終わりでへとへとだったんだぞ。 「昼休みに行くならT先生が昼飯食べ終わってから、放課後なら終礼終わってすぐが良いぞ」  すっかり職員室常連になっている麻生からアドバイスをもらい、僕は放課後にT先生の元へ行くことにした。  裏に間違えた漢字を10回ずつ書いて、合格できなかった理由を書いて。あとはその場でT先生が出す質問に答えればいいらしい。  放課後。職員室に入ると、終礼が終わったばかりだというのに既に3人の生徒が順番待ちをしていた。  自分の番が来るまですることがなく、僕はT先生の机を観察することにした。  異常なまでに物が多い。自分で設置したのだろうか。1人だけ棚のような物を机の上に置いて、教材を山積みにしている。国語以外にも物理や歴史の教科書が見えた。  そういえば、元々理系なんだっけ。  T先生のことは学年ですぐに噂になった。もちろん、あまり良くない意味で。  授業が鬼のように速い、板書の駄目出しが厳しすぎる、黒板を叩きまくってうるさい、などなど。山のような不満の中に、誰が調べてきたのかわからない噂が混じっていた。  元々は物理専攻だったのだが、教師になるために文系に転向したらしい。  なんで教師になったんだろう。  そうやってぼんやりと考え事をしていたら、いつの間にか順番が回ってきていた。奥でT先生が僕の名前を呼んでいる。 「そうやってボヤっとしてるから、いけないんですよ」  仏頂面でT先生はテスト用紙を受け取った。 「漢字はここの跳ね払いをしっかりしてください。理由は……『予習をしっかりしていませんでした』って、なんですか。ちゃんと『ボヤっとしていたから』と書きなさい。さっきもそうですが梶原はボヤっとしすぎです」  指摘の嵐に飲み込まれながらも、何とか話についていく。 「講義の『義』を『儀』と間違えたんですね。なら、はい。今から僕が言う熟語に当てはまる『ギ』をここから選びなさい」  『義』『儀』『議』の3つの漢字を紙に書き、T先生は間を開けることなく問題を出し始めた。  時々勘を頼りにするとどうしてだか見抜かれてしまい、「ボヤっとしない」と、選んだ理由まで聞かれる始末。  もう勘弁してくれ。  再提出が終わったころにはへとへとで、時計を見たら20分も経っていた。  テスト用紙には更に赤文字が増えて、自分で書いた文字よりT先生が書いた文字の方が多くなっている。  見るのが嫌になって僕は紙を半分に折りたたんだ。  職員室を出る前に一度、T先生の方を振り返った。次の生徒に対しても僕と同じように仏頂面で指導をしている。順番待ちの人数は更に増えていた。  あれ全部に指導って、面倒臭そうだな。他の事に手が回らないだろ。  もう二度とここには来ないと誓って僕は職員室を後にした。  
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