スズキ君

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僕は小学5年生。 勉強もスポーツもそこそこだ。そして何より明るい。自分で言うのも何だがクラスで人気者だと思う。 二学期にスズキ君が転校してきた。 クールな感じのスズキ君は実際、物静かだった。だから最初は目立たなかった。ところが、スズキ君はスポーツも勉強もでき、音楽や図画も上手なことがだんだんわかってきた。僕はスズキ君が気になり始め、スズキ君を知りたいと思うようになっていた。 そんなある日、下校の時、下駄箱のところで偶然スズキ君と一緒になった。思い切って声をかけると、家が同じ方向とわかり一緒に帰ることになった。日頃からスズキ君をもっと知りたかった僕は、歩いているあいだ質問ばかりしていた。 「スズキ君、勉強できるね。僕この後、塾なんだけどなかなか成績上がらない。スズキ君、なんかやってるの?」 「いや、別に。ただ、毎日近所の図書館で好きな本を読む」 スズキ君は何でもないようにクールに答えた。 「へー、そうなんだ。スズキ君は運動も得意だね。僕は4年から始まったクラブ活動でサッカー部に入ったんだ。土日も親の勧めで街のサッカークラブ。でも体育では、スズキ君の方が足が速くてサッカーもうまいね。なんか特別なことやってるの?」 「いや、別に。ただ、土日も新聞配達」 スズキ君はまっすぐ前を見てスタスタ歩きながら答えた。僕は驚いて、ちょっとだけスズキ君の方を見て思わずつぶやいた。 「えっ。新聞配達。そう。それはすごいや...」 そして、スズキ君のまつげが長いことに気が付いた。 僕はスズキ君のことがますます気になり、もっと話したくて質問を続けた。 「そう言えばこのあいだ、スズキ君が図工の時間に書いた写生の絵、とてもうまくて先生もみんなもすごくほめたよね。まるで、スマホの写真みたいだって」 「そうかな。俺、スマホ持ってない...ただ、好きな景色や風景見たら、メモ帳にすぐスケッチする」 「えっ。そっ、そうなんだ。それって、ホントにすごいなぁ」 僕はびっくりしたけど、もっともっとスズキ君を知りたくなっていた。だけど、もう分かれ道だったので、その日はそれで別れた。 それ以来、学校に行ってもスズキ君のことが気になって仕方ない。休み時間もスズキ君を目で追うことが多くなっていた。 このあいだの英語の授業の時だった。5年生から英語の授業は週1回、外国の人が教えに来ている。スズキ君がこの人と休み時間にペラペラ話すのを見た僕は、ポカンと見とれた。気が付いたときは、ますますスズキ君に惹かれていった。僕はその日、遂に我慢できず、下駄箱でスズキ君を待って一緒に帰った。 「スズキ君、何で英語そんなにうまいの?僕、週1回、英会話教室通ってるけど、今日のスズキ君と先生の休み時間の話、全然わかんなかった」 「そう。俺、新聞配達の後、毎朝ラジオの英語講座聞いている」 スズキ君は今日もまっすぐ前を見てスタスタ歩き、さりげない。僕はその横顔をじっと見つめて、しばらく言葉が出なかった。でも、心の中で強く思っていた。 「あぁ、なんて素敵なんだ!」 スズキ君はホントに僕を驚かせてばかりだ。僕は一層、スズキ君に夢中になっていった。 音楽の時間には、こんなこともあった。 その日、授業の後半先生の余談が始まり、先生の好きだったビートルズというバンドの話になった。そして、先生が音楽室のギターを取り出し「イエスタデイ」という曲を歌ってくれた。歌詞はわかんないけど静かないい曲だった。歌い終わって先生が「誰かビートルズ知ってるか?」と聞いたらスズキ君がスッと手を挙げた。先生が「ほう、スズキ。どんな曲知ってる?」と聞くとスズキ君は前に出ていき、先生からギターを取って弾き出した。唐突につま弾かれたテンポ良い低音は、いきなり僕の心をグッと掴んだ。スズキ君が僕をちらっと見る。甘い声で歌い始めた。 「I give her all my love. That’s all I do. ・・・・・・・・・・」 「アンドアイアイラブハー」という曲だった。 僕は全身がしびれたように固まり動けなかった。でも、心の声が言っていた。 「あぁ、スズキ君...」 僕はその日も我慢できず、下駄箱でスズキ君を待って一緒に帰った。 「スズキ君、何でギターや歌があんなに上手いの?僕はTVのユーチューブ見てるだけ」 「そうかな。俺、死んだ親父の残したカセットテープとラジカセ使って、拾ったギターで耳コピしてる」 スズキ君は、今日もまっすぐ前見てスタスタ歩く。そんなスズキ君のうなじは、とても白くてきれいだった。僕の心は、どんどんスズキ君で溢れていった。 「なっ、なんなんだ。この心のゆらゆらは...」 冬休みに入るとスズキ君としばらく会えない。僕は毎日もんもんとしていた。 毎日スズキ君を思い出しては、ノートに1ページずつ名前を書いて余白を埋めていた。そうしないと気が狂いそうだった。 「スズキ、スズキ、スズキ、スズキ、スズキ、スズキ、スズキ、スズキ、スズキ、スズキ、スズキ、スズキ、スズキ、スズキ、スズキ、スズキ・・・・・」 どんなに冬休みが長かったか。いつもは賑やかで楽しいお正月も、あんまり楽しくなかった。 待ちに待った三学期の初日、僕はウキウキしながら登校した。でもスズキ君が来ていない。先生がやってきて教壇に立つと、始まりの挨拶で言った。 「スズキ君は転校しました」 僕はその日、授業の記憶が全くない。ただ、声を漏らさず、泣きながら帰宅したのは覚えてる。 家に着いてスズキ君の名前で埋め尽くされたノートを開いて呆然と見てると、また涙が溢れて止まらなかった。嗚咽と共に涙がポタポタこぼれ、文字かすれていった。ズの字なんかはもう見えない。やがて、ノート一面に埋め尽くされた残りの文字がゆらゆら揺れて飛び出した。音となって僕に降りかかる。その時、僕の全身がびくんと揺れた。 「あぁ...気持ちいい」 大人へ一歩近づいた僕を、僕自身が発見した瞬間(とき)だった。 僕は声を出して泣いていた。
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