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「ん? これ、なに?」
押し入れの奥。隅っこ。外から見つからないように貼られたそれを、私は発見して剥がした。
色褪せて、へにゃってシワシワの紙。表面には十文字くらいの漢字が書かれているけど、達筆すぎて私には判別できない。
しかし、それは紛うことなく神棚なんかに祀ってある御札だった。
わたしは首を傾げる。
ひと月前、このアパートの部屋を紹介してくれた不動産屋さんは、特に曰くらしいものは教えてくれなかった。周りに比べてこの部屋だけ家賃が安いこともない。
「不動産屋にもう一度訊いてみようか。それとも、先に管理人さんかな」
ひとりごちながらスマートフォンに手を伸ばす。すると、ふいに背後から肩を叩かれたような感触がし、驚いてビクっと身体が跳ねる。
この部屋には私一人しか居ない。御札なんて不気味な物を見つけちゃったせいで敏感になってるだけ。気のせい、気のせい。そう自分に言い聞かせる。
逃げるべきか、せめて背後を確認してから逃げるべきか、逡巡していると、
「こ、こんにちはっ」
背後から女の人の声がして、私は悲鳴も上げることができずに飛び上がった。前に数歩つんのめりながら、なんとか転ばないように体勢を立て直してようやく振り返る。
そこには、キラキラした金色のショートヘアの女の子――私より若い。たぶん、高校生くらい?――が人懐っこい笑顔をして浮いていた。
「えっと……?」
「わたし杉浦静奈。この部屋で彼氏に刺し殺された幽霊ですっ。十八歳。高校三年生。といっても、享年だし、元高校生だけど。お姉さんは?」
「あ、えと、岩崎惠真。二十五歳。事務、会社員です」
およそ幽霊とは似つかわしくない女の子。しかし、幽霊のテンプレートなのかその姿は透けていて、薄っすらと背後の開けっ放しの押し入れが見えているし、足先も脛辺りで消えていて見えない。
「いやー、お姉さん、その御札剥がしてくれてありがと。それのせいでなんか真っ暗で何も無いところに閉じ込められるし、呼んでも叫んでも誰も助けてくれなくて大変だったの。あ、喉乾いたからお茶もらっても良い?」
「え? あ、うん」
現実ではありえない話なのに、苦労話を愚痴るように言うものだから、私はすっかり怯えることも、逃げることも忘れて流されるままにお茶を用意する。
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