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その間にシズナは勝手知ったる自分の部屋のように――実際、彼女はこの部屋に住んでいたのかもしれないけど――部屋の中心の小さなテーブルの前に座っていた。
コップを差し出すと、シズナは一気にお茶を喉に流し込んだ。私はその様子を、幽霊でも喉が渇くんだ。飲んだお茶は半透明の身体のどこにいったんだろう、とまじまじと見つめていた。
幽霊と呼ぶには明るく可愛らしい、そしてハキハキとしたシズナ。体が透けていなければ、幽霊だとは誰も思わないだろう。
対して、仕事以外で外に出るのが面倒だからと伸ばし気味の髪に、休みで誰かに会う予定がないからダルダルの服装。そして地味で暗い性格。むしろ、私の方が幽霊に見えてしまう。
シズナが一息ついたのを見計らって、私は口を開いた。
「あの、あなたは?」
「ん? だから、杉浦静奈。この部屋で殺された高校生幽霊だって。あ、ずっと高校生ってどこかのアイドルみたいじゃない?」
「そうじゃなくて、その、この後、どうするの? ここ、私の部屋なんだけど」
「んー、できればこのまま部屋に居たいんだけど、だめ?」
正直、他人を自分の部屋に呼んだことも、他人の部屋にお呼ばれしたことも、殆どない私には、プライベート空間を共にするなんて気が休まらず苦痛でしか無い。
以前はどうだったか知らないが、今は私の部屋。契約書だってちゃんとある。出て行ってもらおう。
「それに、行く場所もないし」
弱々しく言って、シズナは俯いた。
そんな顔をされては、強く出れない。
「少しだけなら」
「やった。ありがと、お姉さん」
私が折れると、嬉しそうにシズナは笑った。弱った顔は演技だったんだろうか。
とりあえず、強引なシズナのペースに流されないよう心を落ち着けようと、いつもの場所、テーブルの横に座る。すると、何故か彼女は私のすぐ隣に座った。服と服が擦れ合う距離。私が少し離れても、追ってきて隣に座る。私がもう一度離れても、またぴったりと横に座る。その繰り返し。
自分の部屋に他人がいるのですら落ち着かないのに、そのうえ、こんな密着するなんて。今すぐ叫んで逃げ出したいくらいに居心地が悪い。
「近くない?」
痺れを切らして、私は尋ねる。
「あはは……、やっぱり嫌だった?」
「嫌ってほどじゃないけど……」
「そっか、じゃあ、もう少しこうしてたいな」
ニコニコと嬉しそうにしながら、シズナは更に身を寄せてくる。こんなにも他人と密着した記憶が小さい頃まで遡っても見当たらない私は、背中のあたりがゾゾゾと粟立つのを感じる。緊張と嫌悪感が混ざった気持ちの悪いもの。
だめだ、やめてもらおう。
そう心に決めた瞬間、シズナはポツリと呟いた。
「ずっと独りで居たから、誰かに一緒に居てほしいんです。人肌恋しいていったら良いのかな。離れてると、また独りに戻っちゃいそうで、不安で」
「そう……」
まただ。
そんなことを言われてしまうと、無理やり離すのが悪い気がしてしまう。
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