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私はゆっくりと起きあがる。
友達って、幽霊の? まさか、この部屋にはもう一人幽霊が居たのか。そして、それに気づかず私はひと月近く暮らしていたのか。
気合を込めると、シズナはお腹に充満させるように大きく息を吸った。嫌な予感のした私が、待って、と止める間もなく、
「カノ―、出てきて良いよー!」
と部屋中に、アパート中に響き渡ったんじゃないかと言わんばかりの大声で叫んだ。満足げなシズナの横で、私は近所迷惑を心配してオロオロする。
――ドンドンっ
「ひっ」
騒音に怒った隣人に壁を殴られたのかと思い身がすくんだが、どうやら違うらしい。音は台所から聞こえた。
何が起こっているのかと、音のする方向とニンマリと微笑むシズナの顔を忙しなく交互に見る。突然、台所のシンク下の収納の戸がバンっと音を立てて開き、何かが飛び出してきた。
最初、出てきた場所と背中に羽がバタついているのが見えたので、巨大な虫が飛んできたように見えた。
「もう、出てこれたなら、さっさと言いなさいよっ」
しかし、私とシズナの顔の前に浮遊するそれ……彼女は身長三十センチくらいで背中に羽の生えた、服装こそ現代風だが、小さい頃に絵本なんかで見た妖精そのものだった。
妖精の女の子が、体を大きく見せるように大袈裟に怒りながら、ふよふよと眼の前を飛んでいる。
「ごめんごめん。ほら、前の人みたいに怖がって逃げちゃったらいけないと思って、慎重に見極めてたの」
シズナがそれほど悪気はなさそうに、顔の前で手を合わして妖精の女の子に軽く謝る。私は驚いて目をパチクリさせるしかできない。
「ああ、この子はカノ。一応、妖精なのかな? わたしより前にこの部屋に住んでたから、よく分からないの」
「一応、って何よっ? わたしはれっきとした妖精よっ。羽だって生えてるでしょっ」
シズナの紹介が気に食わなかったらしく、カノと呼ばれた妖精はまた大袈裟に体を動かして怒り出した。怒りっぽい子なのかな。
「で、この子が?」
カノがこちらを品定めするような目つきでこちらを見ながら、私の周りを旋回する。視線は若干の敵意が含まれているのに、背中の羽はパタパタと羽ばたいているのがなんだかおかしい。
「うん。エマさん。昨日わたしを閉じ込めてた御札を剥がしてくれたの」
「えっと、岩崎惠真です」
まさか、幽霊と妖精を相手に挨拶する日が来るなんて。人生何があるか分からない。
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