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龍神との対峙
まるで蛇のようにとぐろを巻きながら、こちらをじっと睨みつけている。その傍には白装束の少女が座り込んでいた。
「いた。つるさん!」
私の言葉に、つるさんの体が震える。意識はあるし、見たところは外傷はない。とりあえずは無事そうであったことに、安堵した。
息を吐く私の横で、ヨハンが一歩前に出る。
「異郷の神を名乗リシモノよ。人ノ力ヲ知りナサイ」
十字を切って、錫杖を構える。そして一歩一歩、踏みしめるように龍神へと歩み寄る。
龍神は咆哮すると、体を私たちに向け回転させる。そして巻き起こる突風。
しかしヨハンは、その風をものともせず、歩く速度をゆるめない。
「先ほどハ不意をツカレマシタが、その程度の風、どうという事はアリマセン」
龍神の体が揺れる。すると先ほどと目つきが変わったように感じる。
「気を付けろ、ヨハン!」
咆哮。龍神の口から音の奔流が流れる。その拍子にヨハンの巨体が揺れる。その隙を龍神は見逃さなかった。
血のように赤い口を大きく広げ、ヨハンに飛び掛かる。片膝ついたヨハンには、避けることもできない。ヨハンだけなら、どうすることもできなかっただろう。だが。
爆発音とともに、真昼の太陽のような閃光が洞窟内を包む。突然の光に龍の頭は勢いよく地面に倒れこむ。
伊賀流忍術。線香花火。
手製の閃光爆弾。伊賀流忍術の秘伝の一つだ。
これを使えばたいていの魔物でも一瞬は動きを封じられる。
この程度の技など、伊賀忍者である私の手にかかれば造作もない。まして家康公に仕えた忍者、服部半蔵の血を傍流ながら受け継いだ、服部半太郎となればなおのこと。
倒れ伏した龍神の前に、ヨハンは立っていた。そして彼は錫杖を持つ手に力を込める。
「悪しき神ヨ、地獄ニオチナサイ」
「待てヨハン!」
私は声を張り上げる。線香花火を放った隙に私は、洞窟の脇を走り抜け、鶴さんの横にかがみこんでいた。怯えたようにうずくまる鶴さんを横目に、ヨハンに話しかける。
「早朝にさらわれ、今は日が暮れている。だがツルさんは全く弱っていない」
空腹、衰弱、脱水症状。いずれも鶴さんには見受けられなかった。ということは龍は彼女にどこからか飲み物や食べ物を提供し、安全な状態を保っている。
「龍は生贄を殺さない。守っている」
怪訝な表情を浮かべたヨハンに対し、洞窟の奥を見るよう指さす。
「そこを見てください。おそらく以前の生贄でしょう、骨があります。けれどこの大きさ、子供ではありません」
生贄に選ばれるのは少女のはず。だから成人女性の骨があるのは矛盾している。
「龍は生贄になった少女を育てています」
「ナゼ?」
「これは推測です。あの村は山奥にあり、土の質もよくありません。頻繁に飢饉になったでしょう。その度に生贄を捧げていた。龍神は彼女たちを守っていたのではないでしょうか?」
「ではナゼ、龍は村ヲ襲ったノデス?」
「生贄をする村人の行為に怒っていたのです。龍が襲うから生贄があったのではないのです。生贄があったから龍が襲ったのです」
「ソレが間違ってイタラ、また龍が襲イマス」
「彼女を見て、そうなると思いますか?」
鶴さんは龍に抱きつき、私たちを睨んでいた。ため息を吐くヨハンの横で、私は改めて鶴さんに微笑みかけた。
「迎えに来ました。父上の元に帰りましょう、ツルさん」
その後、村では生贄を止め、祭りによって龍神を鎮めたという。龍神は時たま風を起こし雨をよび、村に豊穣を与えたそうだ。
娘を送り届けた私とヨハネは再び東へと旅立った。
もともと私たちは、一年後、江戸に現れるとされている巨大妖怪を退治するため、幕府の依頼で江戸へ向かう途中であった。
その際に別の町で妖怪騒動に巻き込まれるが、それはまた別の話。
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