龍神の襲撃

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龍神の襲撃

 川沿いに民家が立ち並んでいた。  手前の畦道を歩く。傍に田んぼがあるが、数は多くない。見たところ土の質もよくない。国境へ行くため、山を抜ける道はここしかないため、人通りはあるだろうが、この場所に村を作るのは並大抵の苦労ではなかっただろう。  私、そして子供をおぶったヨハンが村にたどり着いた時、辺りは騒然としていた。道沿いの家の前に立った時、大声が聞こえ、百姓の男が駆け寄ってきた。 「つる。お前、なぜ!?」  ツル。ヨハンの背中の女の子を見て、男は固まっていた。男の声を聞きつけたのか、次々と村人が集まってきた。  その中の一人、村長らしき、白髪の威厳のある老人の前に立った。 「野盗に捕まっていたところを助けました」 「馬鹿なことを」  礼の一つも言わず、老人は顔をしかめた。そして女の子を指差した。 「この子は龍神様への生贄だ」  憤りを覚えたのだろう。背後のヨハンが一歩、前に出ようとしたので、左手をあげ、静止させた。その様子に気づいたのか、気づいていないのか。老人は口を開き続けた。 「鶴を捧げれば褒美があると、野盗を騙して連れて行かせたのだ。みすみす帰ってくるなど、あってはならぬ」 「……何故デス?」 「龍神様がお怒りになる」  周りを囲む村人の表情を見る。くたびれた老婆。黒く焼けた農夫。穴の空いた着物を着た女。いずれも蔑むような目で、私たちを見ている。ただ一人、最初に声をかけた中年だけは、申し訳なさげに、顔を下げている。  勝手なことを。  そう呟いたヨハンを振り向く。気持ちはわかる。だが落ち着け。そう言おうとして私は目を見開いた。 「上!」  ヨハンの背後、その上空より渦を巻いた風が迫っていた。  竜巻。  牛をも飲みこみそうな大きさのソレは、瞬く間に私たちの眼前へと向かってくる。 「龍神様だ。逃げろ!」  散りじりになる村人たちを背に、私とヨハンは竜巻に向かいあう。  道沿い。民家に飛び込んでも、家ごと吹き飛ばされるだろう。隠れるところは見当たらない。  ならば 「迎えウツカ?」 「あなたの背には少女がいる。あなたは引いてください」  ヨハンを押し除け、竜巻へと向けて駆け出す。よく見れば、風の渦の中に、黄色い尾が見える。暴風の中に、龍はいるのだろう。 「こっちだ!」  懐から武器を取り出し、投げつける。  黒光りする、手投げクナイ。  空を一閃する鉄の礫は、しかしあっさり弾きとばされる。せめて気を引ければと思ったが、私には目もくれず、ヨハンの方へと一直線へと降下していく。 「避けてください!」  ヨハンは村の奥へと駆け出していたが、竜巻の方が圧倒的に早かった。瞬きする前にヨハンと少女は風の中に包まれる。そして竜巻は勢いそのままに前進すると、数件の民家を押し倒し、空の上へと消えていった。  先ほどまでヨハンと少女がいた場所には、えぐれた地面があるだけだった。  あたりには倒れた家屋に巻き込まれた、住民のうめき声が聞こえる。  唇を噛み締める。一瞬だった。こうもあっさり、私とヨハンがやられるとは。 「半太郎!」  前方より、野太い声が聞こえた。  慌てて駆け寄る。倒れ落ちた家屋の壁に、大男が横たわっていた。いくつも擦り傷があり、顔を顰めていたが、目立った怪我はなかった。 「ヤラレタ」  そう言って、ヨハンは空の上を指差した。竜巻はすでに天高く登っていた。その時、女の子にツルと、声をかけた男が走り寄ってきた。 「あなたがた! 娘は? 鶴はどこにいったのです!?」  父親らしきその男は、眉間に皺をよせ、憔悴したような面持ちだった。  振り返り、男の目を見据えた。 「持って行かれた。あれが龍神様か?」 「古くからこの地に住まう神です。十年に一度、村に災いを招くのです。そのため村では幼い少女を生贄として送っていたのです」  頷き、男は空を見上げた。 「生贄は白装束を纏い、藤の花の香を浴びせ竜に送り届けるのです。そして香りに惹かれた龍神は、生贄を連れ去り村は救われるのです」  救われる。そう口にした時、苦虫を噛み殺すような表情を男は浮かべた。必ずしも納得したわけではないだろう様子が見てとれた。  その時、あたりの埃に咳き込みながら、村長が歩み寄ってきた。 「全く、酷い有様だ。だが生贄は捧げられた。もう龍神様がくることは当分ないだろう」  ふん、と邪魔そうに鼻息をかけ、村長は去って言った。その先には風に倒れた百姓ちや、うめき声をあげる女性の姿があった。 「神、ネェ」  ヨハンは鼻で笑った。村が傷を負ったことには同情するも、助けてきた少女を無碍にした村にも、そして龍にも憤りを覚えたのだろう。その気持ち自体は、私も同感だった。 「生贄を要求するとは、横暴もすぎる。他に方法はあるはずです」 「『私をおいて神はない』出エジプト記の言葉デス。アンナモノ神ではナイ」 「……あなたはそうでしょうね」  聖書の言葉を口にしたヨハンに肩をすくめた。一応彼は宣教師だということを思い出した。  そんな彼を横目に、呆気に取られた様子で、私たちをみている父親に、改めて私は向かいあう。 「龍神がどこに行ったかわかりますか?」 「いったい何を」 「娘さんを助けに行きます」  私の言葉に、ヨハンも頷く。 「しかし村に危害が」 「ダイジョウブ。マカセテクダサイ」  胸を張るヨハン。ますます訝しげに、父親は尋ねる。 「いったい、あなた方は?」 「しがない托鉢僧ですよ」  まさか本当のことを言うわけにもいかず、とりあえずそう名乗っておいた。
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