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少女を発見せよ
村の西側に鬱蒼とした木々が広がる。幾重にも山が連なっている。
「この山々のどこかに龍神様がいると言われています」
「神社とか、祠に祀っているわけではないのですか?」
「村近くを流れる蛇川の上流に向かい、私たちは手を合わせています。けれどそれもそっちの方から龍神様がくるというのであって、祀るための何かは無いですね」
あとはよろしくお願いします。そう言って父親は村へと戻っていった。まだ怪我に倒れた人もいる。こちらにばかり構うわけにもいかないだろう。礼を言って私とヨハンは森に向かいあう。
「テガカリ無しとイウワケね」
「手がかりならあります」
指差した先には、大きく抉れた木の幹があった。たとえ熊の手にかかっても、こうも深く傷つけられないだろう。
「あれだけの風を纏って移動です。至る所に痕跡は残るでしょう」
龍神は竜巻となって空へ飛んでいった。しかし、あれほどの動き、速さであれば相当の体力を使うはず。ずっと飛ぶなどできないだろう。だとしたら普段は地上を歩いている可能性はある。
そうすればどうしても痕跡は残る。
「獣の痕跡を辿るなど、造作もありません」
「全く、頼りにナルね、ニンジャマン」
軽口を無視して、木々の先を見る。
痕跡は分かりやすいといっても、素早いことには変わらない。すぐには捕まらないだろう。
長い一日になりそうだ、そう独り言を呟いた。
切り立った崖にたどり着いた時には、日は沈みかけ、西日が辺りを覆っていた。
「……いない」
「イエ。アソコをミテクダサイ」
崖の端に、着物の切れ端がたなびいていた。少女の白装束が、ちぎれてついたらしい。ならばその先に、龍神はいるだろう。しかし目の前には人が十人や二十人は並べそうな崖がある。
「これを登るんですか……」
「ナニ。造作もアリマセン。半太郎は休んでイテモいいのデスよ?」
腕まくりをしてヨハンは崖に手をつける。そして素手で崖側を掴む。
「ヒトの体は神の寵愛をウケてイマス。コノ程度、造作もないでしょう?」
そのままするすると、器用に崖を登っていく。
「それはあなただけです」
全く、猿みたいな男だと呟く。
だがこれほどでもなければ、異国での魔物の退治などできないのだろう。
江戸幕府が特例で召集した、イエズス会のデモンハンター。海を越え、やってきたこの男からすれば、この程度の崖など、障害にもならないのだろう。
しかしこんな調子で無茶苦茶をやられては、監視役たる私の身が持たない。ため息を吐いて、空を見る。そして口笛を吹く。
「来い、ハヤテ」
背後に気配を感じる。
振り返ると、そこは一匹のイタチがいた。その手には、鋭利な刃物が宿っている。
かまいたち。
旋風を操る妖怪。
そして、私の相棒。
「頼む」
そう言って、崖へ飛ぶ。すると下方より一陣の風を纏って、イタチが私の横をすり抜ける。その風に乗って崖を駆け上る。
我々の一族は、古くより妖魔と共にあった。妖魔を使役する者。妖魔の力を借りる者。様々な存在が、古より語られている。
だからこの程度の技、私にとっては造作もなかった。
苦もなく崖を上り切ると、すでについていたヨハンが腕を組んでいた。
「オソカッタですね」
「生身の体で、なんでそんな早く登れるんです?」
「修行がタリマセンナ。ソレより、洞窟をミテクダサイ」
崖の上に薄暗い洞穴があった。その先に龍神の姿があった。
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