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プロローグ
刀を構える。
早朝の山道、正面には野盗が二人、背後には三人。いずれも武士崩れか、衣服は汚い割に、良い刀を持っている。
情けない。
江戸開府より百年。すでに将軍は5代目、綱吉公の治世に移っている。にもか変わらず、かように世は乱れている。
「Heel stom(とても酷い)」
「馬鹿。あんたは話すな」
隣にいる托鉢僧をこづく。ザルをひっくり返したような、深い傘を被った男は、謝罪のつもりか錫杖を軽く揺らした。
「……おい。なんだ、そいつは」
「見ての通り、我らはしがない托鉢僧。金目のものなど何もござらん」
私は静止するように手をだすが、男たちは聞いていない。
「ないかどうかを決めるのは、俺らの方だ、チビ助」
「そのでかい方。きれいな錫杖を持っているじゃないか」
ため息を吐く。話しても聞きそうにない。私は後ろにいる相棒に声をかける。
「私が彼らを対処する。あなたは下がって」
錫杖を両手で持ち、前方の男に向かい構える。腰をかがめ、姿勢を低くとる。
宿場からも離れた森の中。助けを呼ぶことはできず、足元が悪い砂利道は逃げるのにも不向き。人数差もあり、背後も取られている。
何も問題ない。
右足に力をいれ、一気に正面の男の懐に入り込む。刀をふり下ろす前に、錫杖の鋒を胸元に突きつける。
「ガハ!?」
背中から男は倒れこむ。しかし彼が地面につく前に、すでに体は動いていた
右手にいた男は、咄嗟のことに対応できなかったのか、口を開け放っている。振り返りざま、その間抜け面に振り向きざまの錫杖を横手から殴り抜ける。
「貴様!」
左手の男が駆け寄ってくるのを、気配で感じる。背を向けたまま、勢いよく錫杖を引く。男の腰に当たり、体制を崩したところで、振り返りざまに頭を蹴り飛ばす。三人目。あと二人。
「お前ら一体!?」
「托鉢僧と言っただろう」
「ま、ウソですケドね」
いつの間にか、二人の背後には相棒の、長身の托鉢僧が立っていた。二人が振り返る前に、彼の頑強な拳が叩き落とされた。
「私はブディストではなく、クリスチャン、デス。それに半太郎は……」
「ヨハン」
ヨハン・ヤンセンは肩をすくめた。笠がゆれ、坊主頭の青い目と、その下の長い鼻筋が見えた。
「あなたが南蛮人と部外者にバレれば捕まります。余計なことを言わないでください」
「ドウセ聞いてイマセンヨ。彼らは眠ってイマスカラ」
ヨハンは肩をすくめた。普通の武士より頭二つは、大きい体躯をもつ彼は、何気ない仕草だけでも、威圧感を覚える。
そんな彼は、何かに気づいたように首を傾げた。そして半太郎、と私の名を呼ぶ。
「ソノ箱。誰カ入ってイマス」
男たちの傍に竹でできたツヅラが落ちていた。持ち手がついていて、彼らが運んでいたらしい。しかしヨハンの言うように、どこか人の気配がする。
そして花の香り。藤の花だろうか。
私はヨハンの前に立ち、ツヅラに手をかける。
「……子供がいる。女の子だ。それにしてもこれは」
白装束。
シミ一つない純白の着物は、葬儀の際、棺に入れるそれと同じだった。
死体かと思ったが、中に入っている女の子の血色はよい。6、7歳といったところだろうか。脈拍もあり、死装束というわけではないらしい。とすると。
正面を見据える。なだらかな下り坂の先、木陰の間に家屋が見える。集落があるらしい。
「あの村に行きましょう。あそこであれば話は聞けるでしょう」
「コノ子を親元に戻スワケだね」
「……そうはならないでしょうね」
怪訝に眉を顰めたヨハンに、私は重々しく口を開いた。
「恐らくこの子は生贄です」
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