ピジョン・バーン

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 かつてない戦乱の世に、クロガオとシロボシは身を置いていた。彼女たちだけではない。彼女たちが殺めた砂漠の民、そして辛うじて生きた少女。そしてクロガオの上司も、生活の為にわざわざ祖国を離れて働いている。 「お前はもっとフラットな奴だと思っていたぞ」  どこまでも続く砂漠の地の、市民が辛うじて暮らせる交易の都市の郊外。そこに居を構える軍の基地で、クロガオとその上司は対面していた。古びた即席の椅子に座り、向かい合う。クロガオの顔が死にそうなほど真っ青なのに対し、上司は朗らかに笑っていた。 「大変申し訳ありあせん」  がっしりした白髪の男性は、笑みを絶やさない。クロガオには何よりも恐ろしいことだった。 「やっちまったもんは、仕方ないさ」 「いえ、その」 「任務は遂行した。一人残らず鎮圧したんだろ」 「はい」  有無を言わせぬ物言いに、クロガオは冷や汗が止まらない。 「奴がやった遺体も、ちゃんと回収したんだろ」  クロガオは腰のポシェットを外し、中からケースを取り出した。上司の手に渡し、蓋を恐る恐る開ける。すると、中から出てきたのは異臭のする焦げた屑の山だった。  先ほどまでは感じなかった匂いにクロガオは顔をしかめた。しかし、上司は変わらぬ目でじっとその塊を見つめる。 「手を握るだけで、こんなんになっちまうのか」  ぽつり、と上司は呟く。 「およそ一二〇の内、八十の死体がこの山です」  クロガオが付け加えると、上司はようやく反応を見せた、瞳には驚愕、頬は微かに震えて嫌悪が現れている。こめかみも引くつき、蓋をさっさと閉めてクロガオに突き戻した。 「実験は成功したんだな」 「そうなんでしょう」  実験の内容とやらは、私には分からない。しかし、実際に目の前で紙くず同然に人が死んでいく様は異様で、その光景に敵は怯えていたから私は残りの四十名を仕留めることが出来たと言っても、過言ではない。  敵ながら哀れだ。あまりの戦力差に、手も足も出なかっただろう。たった二人の襲撃だと言うのに。 「倫理観のない子供は、悪に染まりやすい」  朗らかに笑ってはいるのに、上司の声は地を這うように低い。私は背筋を正し、上司の言葉に耳を傾けた。 「承知しております」 「あいつを預かったのは、お前に適性があるからだ」  なにが適正だ。たまたま余っていた私に押し付けただけだろうが。とは、口にしない。そんな雰囲気もおくびにも出さない。 「はい」 「玩具で満足している内なら可愛いが、あいつが命を預かる身にはなれない」  奴は生物兵器だ、と上司が言うと黄土色のテントで覆われた個室が揺れた。上司と私が周囲を見渡すと、段々と小さな二つの影が近づいてくるのがわかる。他の大人の影が制しても、まったくその影は止まらない。 「どいて!」  周囲を押し切って現れたのは、まん丸お目目に怒り眉のシロボシだった。 「やめなさい」  クロガオが嗜めても、鼻息荒くシロボシは上司を睨む。握った手の先には、戦場で拾った少女の手をしっかりと握っていた。口調は怒っていても手は優しく握っている辺り、ペット感覚ではないことだけは分かる。そうでないと、クロガオは許さない。 「おじさん、クロガオを返して」  シロボシの声なんぞ子犬の遠吠えよりも覇気がない。しかし、上司は大きな体を立ち上がらせてご機嫌取りの笑顔でシロボシの様子を伺った。 「分かっているよ。君のクロガオ君だもんな。でも、俺だって彼女の上司だから、話すことがあるんだよ」 「なんの」 「なんのって……子供は知らなくていい事さ」  そう言いながら、平気で人殺しの道具にしたのは誰だと、クロガオの腹の底から怒りが沸いた。だが、ここで冷静でいなくてはシロボシに悪影響なのはわかっている。  ぐっとこらえ、努めて冷静に話すしかない。 「もう寝なさい。夜だから」  しゃがんで視線を合わせると、シロボシはたじろいだ。すると、クロガオにだけ見せる弱気な顔で口をもごもごと動かす。 「私のせいで、し、叱られてるんでしょ」 「そうだよ。君のせいでね」  ぐ、とシロボシは唇を噛んだ。 「う~」 「さっさと寝ろ。朝起きられなくなっちゃうだろ。その娘だって、ね」  クロガオの視線が名もなき少女に移る。彼女は、戦場で死体を漁る姿しか見ていない。冷たい目に体が強張るが、クロガオは片目をつぶってウインクをした。新鮮な所作に少女が目をぱちぱちさせていると、シロボシがじっと見て大声を出す。 「あ~。それなにそれなに。それ、私もやりたい」 「明日教えるから」  クロガオは立ち上がり、二人を後ろ向きにさせて背中をトンと押す。  三人の様子を見ていたクロガオの上司は、何を思ったのかシロボシの傍に近寄った。優しさではなく、動物園の檻に近づく少年然とした好奇心からだった。自身の故郷にいる姪っ子と変わらない、年端もいかぬ生物兵器を自分でも御せるのではないか、そんな下卑た欲望からだった。 「シロボシ、君」  名前を呼んで、ふと冷ややかな視線に気づき伸ばした手を引っ込める。自身が日和り、そうこうしているうちにシロボシと少女はテントから出て行った。  隣にいるクロガオに、一瞥をくれてやる。 「なんでしょう」  愛想のない部下に、鼻をならすのが精いっぱいだった。 「君も、さっさと出て行け」  テントを後にしたクロガオは、初めて上司に一泡吹かせたと微かに微笑んでいた。  
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