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「ウィルさんのスーツ、本当に格好良いですね」
「有難うございます。張り切ってオーダーメイドしてしまいました」
「ファッションにこだわりがあるんですね、素敵です」
「いえいえ。休日はラフな格好ばかりですよ」
「……お帽子とかは被られるんですか?」
「帽子?いえ、被り物はあんまりしないですね」
ツッコミ待ちだろうか?
「あなたは、休日は何をして過ごされるんですか?」
「最近涼しくなったので、散歩にハマっています。一二時間くらい知らない道を冒険して、初めてのカフェに入ってみたり」
「いいですね!僕も散歩は好きですよ。最近は仕事が忙しく、中々出来ていないのですが」
仕事……何だったっけ?どうしても思い出せない。プロフィールに書いてある事を質問するのは失礼極まりない為「お忙しいんですね」とオウム返しをする。
「ええ、十月は繁忙期なんです。でも今日は来て良かった」
甘い台詞に、先程までの歪なドキドキはなかった。ただ素直に嬉しく顔が緩む。
「実は、今夜もまだ仕事が残っているんです」
「え!本当に大変なんですね」
「はい。でも楽しいですよ。僕の仕事は半ば趣味みたいなもので」
「ウィルさんのご趣味は何ですか?」
「人を怖が……驚かせ……楽しませることですね!」
「……サプライズってことですか?」
「まあ、はい。サプライズはお好きですか?」
「うーん。相手が幸せになれるようなサプライズは良いと思います。誕生日を忘れたフリとか、わざと相手を怒らせるものは、苦手かもです」
「成程」
「あとフラッシュモブみたいなのも、ちょっと恥ずかしいですね」
「成程成程。人魂とか地面から手とかはどうですか?」
「……ホラーですか?ホラー映画は結構好きですよ」
「それは良かった!」
彼は安心したように、タルトをパクパク食べ進める。指パンの時も思ったが、彼の食べ方はとても無邪気だ。
「このタルトは本当に美味しいですね!どんどんお腹が減ってくる。実は僕、結構大ぐらいなんですよ」
「へえ!全然そうは見えないです」
「鍋一杯にカレーを作って、ご飯三号くらい食べちゃう時もあります」
「すごい!あ、お料理されるんですね」
「はい。簡単なものですが、カレーやオムライス、ハンバーグが得意です」
か、可愛い。
「あなたはお料理はされますか?」
「多少は。和食が多くて、肉じゃがとか生姜焼きとか」
「美味しそうですね!和と洋で僕たち、バランスが良いですね。あ、気が早くてすみません」
オレンジ色のカボチャが少しだけ赤みを増したように見えるが、多分気の所為だろう。
「僕、料理が上手く出来たなって時、誰かに食べて貰えたらって思うんですよね。僕のすることで大切な人を喜ばせたい。その人の笑顔が僕の幸せになる。そういう関係に憧れて、相談所に入ったんです」
照れくさそうに語るウィルさんに、私の心がじわりと温かくなる。ドキドキよりも優しく穏やかに、心臓が彼に呼応している。
「……私もそうです。心から大切に想える人が居たら、毎日が宝物みたいに感じられると思うから」
私は自分の口からスルスル出てきた言葉に驚いた。そうか……私は結婚したいのではなく、結婚したくなるほど大切に想える、たった一人と出会いたいだけなんだ。
ウィルさんが「いいですね」としみじみ呟いた。
その時、少し離れたテーブルからガシャンと大きな音が鳴り響く。驚いてそちらを見ると、グラスや皿が床の上で割れていた。周囲の客の悲鳴。男性がテーブルの上に乗り上げ、獣のように遠吠えをしている。彼の前では連れの女性が「あなた、落ち着いて!」と宥めようとしているが、男性の……頭の上から生えた大きな耳には届いていないようだ。
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