月夜のお見合い

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「お客様、どうされましたか!」 「夫が……今夜は三日月だから大丈夫だと思っていたのに。出されたプリンがあまりにまん丸で、満月と見間違えてしまったようなの!」  ウェイターと女性の会話の内容はよく分からない。呆然としていると、犬のような姿に変わった男性と目が合う。背筋が凍った。犬男は私のにおいを嗅ぐように鼻をひく付かせると、グルルと唸りを上げ、テーブルを蹴り一直線にこちらに駆けてくる。鋭い爪が、牙が、私に向かってくる――!  思わず目を閉じるが、一向に痛みは訪れなかった。体に感じる温もりに、恐る恐る目を開けると、紺色のストライプが視界一杯に広がっている。 「お怪我はありませんか?」  私はウィルさんに片腕で抱きしめられていた。彼のもう片方の腕は犬男のギザギザの歯に椅子の足を噛ませている。  バキッ、と椅子の足が折れた。ウィルさんはジャケットを脱ぎ捨て犬男の顔に被せると、犬男が狼狽えている間に私を横抱きにしてスタスタ、壁際のソファにふわりと下ろす。  シャツとベスト姿になった彼。着痩せするタイプなのだろうか。急に逞しく見えて来た。おまけに輝いている。 「ウ、ウィルさん」 「少々お待ちくださいね。君、警備員を」 「は、はい!」  ウィルさんはウェイターに指示した後、少しも恐れる様子なく犬男の元に戻っていく。ジャケットを振り払った犬男は激高したように、ウィルさんに飛びかかっていった。犬男の大きな口を身をかがめて躱し、その胸倉を掴むウィルさん。彼はそのまま見事に一本背負投を決め、犬男はバタンキュー。  その後、犬男は警備員によって拘束され、店の奥に連れて行かれた。果敢なウィルさんに拍手が送られる。何故か私が誇らしかった。ウィルさんは私の元に戻って来て手を差し伸べ「そろそろ行きましょうか」と言う。壁掛け時計を見ると22時。お見合いには“初回は一時間”というマナーがあるが、それをこんなに短いと感じたのは初めてだ。    会計をスマートに済ませる彼。私達は並んでラウンジを出る。 「今日は大変な目に遭いましたね」 「はい……でも、素敵な夜でした」 「そうですね。僕も同じ気持ちです」  私の心臓がトクンと鳴る。最初は得体の知れないカボチャ男にドキドキしているだけかと思ったが、もうそれだけではない。ただ彼をもっと知りたい。このときめきの理由を確かめたい。 「あ、あの!私はまた、ウィルさんにお会い出来たらいいなって思ってます」  決死の告白、のつもりだ。ウィルさんは黙っている。カボチャ頭の表情は変わらないが、彼の戸惑いや困惑が全身から感じられた。私は彼のお眼鏡に適わなかったのだろう……俯く私に、ウィルさんが慌てたように言った。 「あ、も、勿論僕もですよ!あなたさえよければ、今度おすすめの散歩コースにご案内します」  それが本心か泣き落としの結果かは分からないが、また会えるなら本心にしていけばいい。今度こそ、婚活のプロの手腕を見せなければ! 「あ、一つ大切なことを訊き忘れていました」  ウィルさんが思い出したように呟く。 「え?何ですか?」 「トリック・オア・トリート」 「……ふふっ。あはは!はい、どうぞ。ちょっとしたものですが」  私は先程買ったばかりのクッキーを差し出す。 「おや、有難うございます。用意して下さっていたんですね!嬉しいです」  “悪戯が出来なくて残念ですが”とカボチャの中から小さく聞こえてきた。彼の悪戯って何だろう。やっぱり渡さなければ良かったかな。 「では、おやすみなさい。素敵な夢を」 「ふふ。ウィルさんもいい夢を」 「はい。月の綺麗な晩に、またお会いしましょう。お迎えにあがります」  こうして、夢のようなお見合いが終わる。  帰宅後、携帯でサイトを見るともういつも通りに戻っていた。何故かウィルさんのプロフィールは見つからず、見覚えのあるプロフィールの男性と明日の11時からお見合いが入っている。  ――月夜の不思議な出会い。きっとこれで終わりじゃない。彼は迎えに来てくれると言ったのだから信じて待とう。 (明日のお見合いは完全に消化試合だなあ)
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