下の世界

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 黒髪の少年ボトムは、穴を掘る事が大好きだった。  何故かは分からない。  だけど、無性に穴が掘りたくて仕方がなかった。  この世界では穴掘りは忌み嫌われていた。  それは穴が、用を足す為か、死体を埋める為に作られていると考えられているせいか、それとも、天を目指せという神の教えに逆らうせいかは分からない。  誰もが穴を掘ることをいやがった。  けど、ボトムはそれが大好きだった。  掘る時のザクザクと言う音に合わせるように心臓が鼓動を刻んだ。  掘った時に出てきた土がどんどんと積もっていくにつれボトムの心も高揚していった。  冷たくて独特の匂いがする穴に入り潜れば潜るほど心が澄み切っていく気がした。  そんなボトムにとって穴掘りは天職だった。  元々、街の外れに追い出されるように住んでいたボトムには真っ当な仕事なんてなかった。  穴掘りで金を稼ぐくらいしかなかったし、ボトムにとってはそれが楽しかった。  例え、用を足す為か死体を捨てる為の穴であったとしても。  それではした金とはいえ金が貰えるなら最高だった。  その上、掘り起こした土は、天教の塔を作るために売れたし、時折見つかる埋蔵品も金になった。  ボトムにとっては何故皆穴を掘るのを嫌がるのかが分からなかった。  ボトムは毎日穴を掘り続けた。  仕事の日も、休みの日も。  ほとんどの人間がボトムを笑ったが、二人だけボトムの穴掘りを認めてくれた。  一人は、ボトムの唯一の家族であるグゥナ婆。  ボトムが物心ついた頃には、ボトムの傍にはグゥナ婆しかいなかった。  ボトムは穴掘りをしても怒らないし気持ち悪がらないグゥナ婆が大好きだったから他の家族がいないことなんてどうでもよかった。  そして、もう一人は【勇者の血族】であるトップだった。  【勇者の血族】は天教にも認められた世界を救った一族と言われており、人並外れた力を持っていた。その中でも、トップは天才と言われていた。  トップとボトムの年は近いがその扱いは正しく天と地ほど違っていた。  【勇者の血族】であるトップは、都の中心にある大きな館に住んでいて誰もから愛されていた。一方、ボトムは都の中に入らせてもらえず、外れのボロ小屋に住んでおり皆から蔑まれ笑われていた。  だが、トップはボトムの穴掘りをいつだって褒め称えてくれた。 「誰もが嫌がる仕事を喜んで引き受けることが出来る君は素晴らしい男だと俺は思うよ」  世界で一番認められている男から褒められるだけでボトムは力が湧いてきた。  それに、トップはボトムが穴を掘って何かを見つける度に自分のことのように喜んでくれた。 「ボトム、君に穴掘りの才能があるのには必ず理由があるはずだ。天から与えられた才能なんだから。俺は誰に何を言われようと君を応援しているよ」  そう言ってトップは、ボトムに食べ物を持ってきてくれた。 「俺の食べ残しで申し訳ないけれど……」  トップは心苦しそうな顔で持ってくるが、普段ボトムが食べているものに比べればはるかに豪勢で美味しかった。ボトムは優しいトップが大好きだった。  だから、ボトムはトップの夢を叶えてあげたかった。 「俺の夢はね、ボトム。竜を見つける事なんだ」  遥か昔、この世界には竜が存在していた。  人は竜を飼い、うまく共存していた。  だが、ある日の事、竜が凶暴化し、人々を困らせた。  そんな竜達を倒したのがトップのご先祖である【勇者の血族】だという伝説が残っている。  トップはこの伝説を信じていた。  何故なら、その物語に登場する魔物達はこの世界に存在していたし、トップたち【勇者の血族】はその魔物達を倒せるほど強い。それは伝説の信ぴょう性を高めるに十分だった。  だから、トップはいつか竜を見てみたいと思っていた。  竜を見る。  トップの夢には蜜のような甘い魅力が詰まっているようにボトムには感じられた。  そして、いつしかそれはボトムの夢にもなり、ボトムは穴を掘り続けた。  竜は千年以上昔に存在したらしい。  であれば、とボトムは穴を掘り続けた。  そして、ある日のこと、ボトムの予想は的中した。 「トップ、僕、竜の牙を発見したかも」 「……! ほ、本当かい? ボトム」  もうこの世界に存在しない竜。  でも、昔には存在した。  ならば、その死体が土の中に埋まっていてもおかしくない。  死体穴を掘るボトムはそう考えてありとあらゆるところを掘り続け、ようやく見つけた。  他の魔物にはない異常なまでに大きな牙を。  それを見た時のトップの喜びはとてつもなくボトムの為に大きな宝石を贈ろうとしたくらいだったし、その喜びを見たボトムは嬉しさで三日三晩穴を掘り続けたほどだった。  だが、その牙が本当に竜のものであるかはまだ分からない。  もしかしたら、太古にはそのくらい巨大な別の魔物が存在したかもしれないから。  だから、ボトムは再び穴を掘り始めた。  ざくざくざくざくと掘り続けた。  竜の姿形が分かる骨たちを集めるために掘り続けた。  都の周り全てを穴だらけにするわけにはいかなかったのでトップの提案でいくつか掘った穴に横穴を作り掘り進めた。牙が見つかってからというもののトップはボトムが何かを見つける度に高値で買い取ってくれた。  その中でも一番高かったのはある石板だった。  そこにはこう書かれていた。 『アンダが逆らったので地下牢に閉じ込めた』  その文章を見て、トップとボトムは歓喜に震えた。  『アンダ』とは竜の蔑称のことだった。  何故アンダなのかは分からない。だけど、昔から竜は物語以外では吐き捨てるようにそう呼ばれていた。  日付と共に刻まれたその文章は、物語と言うにはあまりに淡々としていて、 日記と見て間違いないようだった。  竜は、アンダは存在したのだ。 「すごい……すごいぞ。ボトム、歴史的発見だ! ……だけど、天教の連中は竜を探そうとする君を良しとは思わないだろう。これは俺と君の秘密にしておこう。もし、何か嗅ぎつけられたら俺の名前を出してくれ。【勇者の血族】の名前が出れば彼らも下手に手出しはしないだろうから」  そう言ってトップは、青い宝玉の付いた首飾りをくれた。 「これは、『慈悲の首飾り』。持ち主に危機が迫った時身を持ってくれる魔法の道具なんだ。ボトム、俺には君は必要だ。だから、自分を大切にしてくれ。お願いだ」 「ふひ。わ、かったよ。あ、ありがとう……トップ」 「泣くなよ。仲間だろ」  その日ボトムは初めて涙を流し、そして誓いを立てた。  竜を見つける、と。  その後、ボトムは黙々と掘り続けた。  水が噴き出てきたり、毒の霧が出てきたり、硬い岩に阻まれたりしたが、それでもボトムはずっとざくざくざくざくと掘り続けていた。  竜を見る。ただそれだけの為に  ボトムが堀った探索用の穴が100を超えた頃、ボトムは石板をどんどん発見し始めていた。 『アンダが生意気にも言葉を覚えた』 『アンダの肉を食べてみたが美味しくはなかった』 『アンダを使って狩りをするようになる。アンダは物覚えが良く狩りがどんどんうまくなっていった』 『アンダが増えすぎて困った。新しい土地を探さねばなるまい』  石板を見つける度にアンダの、竜の存在がはっきりし始めて胸がどきどきし、トップと笑いあった。  ボトムは穴を掘り続けた。ざくざくざくざくと。  竜の翼らしき骨を発見した頃から、また変化があった。 「ボトム、この土はどうしようか」 「あ、あ……じゃあ、外に捨ててもらっていいかい? トップ」 「お安い御用さ」  トップが穴掘りを手伝うようになってくれた。 「トップ、大丈夫かい? 君は、修行した後にこっちの手伝いに来てくれているんだろう?」  ボトムは、トップの修行を見たことがあるがそれはすさまじいものだった。 世界最強と呼ばれるトップに対し、【勇者の血族】十人がかりで襲い掛かるというもので、苦戦するトップに対し父親らしき人物が怒鳴りつけていた。  ボトムは父親という存在がどういうものかは知らないがそれでも、トップの父親の態度はおおよそ家族に対する態度には見えなかった。 「大丈夫大丈夫、俺も竜の存在をこの目で確認したいんだ。一緒にやらせてくれよ」  そう言いながらトップは笑う。  その爽やかな笑顔が眩しくてボトムは目を細めることしか出来なかった。 「それにね、ボトムほどではないけど、俺もどきどきしているんだ。不思議だね、掘れば掘るほど血が騒ぐというか……」 「トップ、君もかい!? 嬉しいよ」 「いや、でも、ボトムほどではないけどね。何度も声を掛けたけどまさか魔力が切れるまで夢中になって掘り続けるなんて」 「いや、面目ない」  ボトムは、トップに言われ泥まみれの頬をぽりぽりと掻いた。  トップの言う通り、ボトムはトップ以上に竜探しに執着し始めていた。  穴掘りが楽しいというのも相まって、寝食を忘れ、穴を掘り続けていた。  だが、穴を掘るのもただ掘るだけではない。土の処理や穴の補強、トラブルの対応や進路を阻む岩の破壊など色んな技術が必要になり、それを魔法で対処する為にボトムは魔法を覚えた。  そして、何度も魔法の使い過ぎで倒れたのだ。  あり得ないし、危険だからやめろとトップに何度も怒られた。  ボトムも分かったつもりではいたが、穴を掘り始めるといつの間にか我を忘れてしまっており、『気付けば気を失っていた』。  なぜ自分がこうなってしまうのか自分でも分からなかった。  分からないままボトムは穴を掘り続けた。ざくざくざくざくと。  そして、現存する最も高い天教の塔よりも深く穴を掘り進めた頃。  がきん、と今までにない感触にボトムのシャベルが辿り着く。 「え……?」 「どうした? ボトムって、これは……」  穴を大きく広げていった空間で見つかったそれは大きな錠前のような形をしていた。そして、その錠前のようなものに刻まれた紋章には見覚えがあった。 「ねえ、トップこれって……」  ボトムは自分の懐から慈悲の首飾りを取り出し目の前に掲げる。  トップがくれたその首飾りにも刻まれたその紋章は、【勇者の血族】の紋章だった。  掲げた首飾り越しに見えたトップは震えていた。 「ふは、ははははは! やっと、やっと見つけたぁああ!」  溢れる喜びのせいか口が裂けたように笑うトップが別人のように見えてボトムは困惑する。 「やっと、見つけた? どういうこと、トップが探していたのは、竜じゃないの?」 「竜さ、竜。嘘じゃない。だけど、俺が探していたのは、骨じゃない、生きた竜だ」  目を血走らせたトップの言葉が一瞬分からず、ボトムはぐらりと揺れて地面に尻もちをつく。土がしめっぽくて尻から沁み込み気持ち悪い。 「生きた、竜?」 「そうさ。天教が天に向かって塔を作る理由が、『災厄の日に備え、天の神に縋る為、高き塔を作れ』。これは君でも知っているだろう。そして、我々、【勇者の血族】にしか伝えられていない災厄の日の言い伝えがあるんだ」  トップは胸をぎゅっと握りしめ、苦しそうにそれでいて嬉しそうに顔を歪ませて、必死に言葉を絞り出す。 「『災厄の日、地に封じられた竜が目覚める。勇者たちよ、それまで力を蓄えよ』と……! 勇者の血族だけは知っていたんだ。竜がまだ生きていることをっ!」  トップの悲鳴のような叫びが穴の中で反響し、何度も何度もトップの言葉がボトムの頭に叩きつけられぐらぐらとボトムが揺れる。 「その言い伝えを何度も何度も子どもの頃から、いや、赤ん坊のころから何度も何度も言われ続けてきた。待てと。力を蓄えろと。毎日毎日、修行をさせられ、身体を鍛える為か何か知らないけどまずい汁を飲まされ……ふふ、本当に馬鹿だよなあ。どんな魔物も倒せる男がいると知っているのに、見たこともない知らない竜の影におびえ続けるなんて」  一言一言を確かめるように噛みしめるように囁くトップの姿を見つめながら漸くボトムの思考が追いつき始める。 「もしかして、僕に穴掘りを勧めたのは……」 「馬鹿な血族の人間はね、本当に誰にも知られないように封印の場所を隠したんだ。大量の土で埋めて分からないように。そして、わざわざ穴掘りを悪にまでした。ボトム、君が居てくれて本当によかった。勇者の策略に引っかからないほどの馬鹿な穴掘りが居て……」  トップはわらっていた。ボトムを見て、嗤っていた。  ボトムはその目に気付き、そして、今までの思い出が音を立てて壊れていく気がした。  そして、身体中に取り込まれたトップの食べ残しがじわりと中からボトムを奪おうとしている気がして。 「う、うげぇえええええ」 「おいおい、吐くなよ。伝説の始まりの場所で。まったくこれだから穴掘りは。まあいいさ、君にも見せてやるよ。俺が本当に世界最強だということを」  遠くでトップが剣を抜きながら何か言っているような気がしたがもうボトムにはどうでもよかった。  穴なんて掘るんじゃなかったとボトムの中で後悔が渦巻き、また吐いた。  そして、ふと目に入る。  それは石板だった。  ボトムはそれに導かれるように手を伸ばし土とボトムの腹の中の物を払った。  そこにはこう書かれていた。 『アンダの名を竜と共に封印し、我々はオォバとして生きる』  オォバ。  それは自分達、人間のことだった。  アンダの名を封印?  竜と共に?  ボトムは、すっきりした腹の中にちくりと針が刺さった気がした。  それは、竜の牙のような。  身体中から汗が噴き出る。  心臓が叫んでいる。  血が暴れている。  見てはならない、と。 「トップ!!!!」 「さあ、竜よ、ご対面だ!」  ボトムがトップの方を振り返ったその瞬間、トップの剣は錠前のような何かを断ち切っていた。  そして、地鳴りと共に。それは開かれた。  瞼のようにゆっくりと地面が二つに割れ、そこには― 「赤い竜……! 本物だ!」  トップが溢した言葉通りの真っ赤な竜がこちらを見上げていた。  紅い宝石のような鱗に、蝙蝠のような翼、そして、あの時見つけた牙が小さく見える程の巨体。  竜が、そこに居て、こちらを見ていた。  見つけていた。  ボトムは身体中の震えが止まらなかった。それでも、伝えなければならないと必死に声を振り絞る。 「トップ! 逃げるんだ!」 「ボトム、誰に言っている? 俺はオォバ最強の勇者だぞ?」  竜の前に降り立ったトップはボトムを見上げて笑った。  その時だった。 「オォバ……」  その声は呟きだった。だが、はっきりと聞き取れた。  ボトムの身体中から汗が噴き出る。そして、理解する。  聞き取れてしまった。竜の言葉が。  その事にトップも気づき、目を見開き赤竜を見た。 「今、お前が喋ったのか……竜よ」 「大層名前だ。そして、『竜の言葉を』喋るな。アンダ如きが」 「……かは?」  それは一瞬だった。  赤竜が翼をはためかせトップを浮き上がらせると、赤竜もまた空を舞い、トップの左わき腹を抉った。 「相変わらず脆いな、アンダは」  ボトムは腹落ちした。ガツンとこれまでの出来事がこれでもかと繋がっていった。  アンダは、人だったのだ。  千年前、人は竜に飼われていた。  そして、言葉を教えられ、狩りの道具にされ、増えすぎてどこかに捨てられようとしていたのだ。  恐らく、それが地下世界。今、竜達のいる場所。  何か騙して人は竜を地下世界におびき寄せ封印したのだ。  アンダは、飼われていた人は、死に怯え、竜を騙し陥れた。  竜が強すぎる故に。  人類最強があんなにもいとも簡単に倒されるほどに。 「ふざ、けるなっ……俺はっ、人類最強でぇええべっ……!?」 「借り物の言葉に、借り物の力の似非が騒ぐな」  赤竜の放った真っ赤でどろどろの息吹〈ブレス〉がトップの頭を溶かし、頭と命をの失ったトップが地面に倒れた。 「竜の血を飲んだ程度で近づけると思ったか、奴隷如きが。さて、次はお前だ。穴掘りのアンダ」  じろりと赤竜の瞳がボトムを捉えると、大きな口が開かれ、魔力が収束していく。  トップの頭を溶かしたブレス。  放たれた真っ赤なブレスを必死になってボトムは避ける。  一瞬で横穴を掘り、出来るだけの防壁を魔法で生み出す。  直撃すれば無事では済まなかっただろう。赤のブレスに土も岩も赤く染まり溶けていく。 「ふん、他愛もない」  赤竜の声が聞こえる。どうやらボトムをブレスで溶かしたと思っているらしい。 「はぁ……はぁ……!」  ボトムはブレスによって熱された焼けつくような空気を必死に身体に取り込みながら意識を下に向ける。  竜の羽ばたきが聞こえる。 「ふはははは! 皆が気付く前に少しばかりつまみ食いでもさせてもらおう。まずいとは聞いているがあれほどの魔力を持つようになったのだ。多少はマシな味になったであろう」 『アンダの肉を食べてみたが美味しくはなかった』  赤竜の声に石板の文字が脳裏に浮かぶ。  食料だったのは自分達、人間だったのだ。  もし、自分以外であれば最初に食べられるのは、町外れに住まわされているボトムの家に居るグゥナ婆であろう。  そうはさせまいとボトムは待ち構える。  向こうはボトムが死んだと思っている。  チャンスは一瞬。ボトムは横穴で息を殺し、魔力を練って光を生み出す。 「ライト」  光を生み出す魔法、ライト。  ボトムが穴掘りする上で最初に覚えた魔法の一つ。 「ん?」  その光に気付いた赤竜の羽ばたきが緩やかになり近づいてくる。  そして、光の漏れる横穴をその大きな眼で見た瞬間、 「あああっ!」  ボトムがシャベルで思い切り赤竜の眼を突いた。  いかに竜でも目は硬くない。 「ぐぎゃああああああ!」  ボトムの穴全体が震えるほどの叫び声をあげた赤竜が痛みに耐えかねてか暴れ回っている。  一撃を加えた時に瞼を閉じられたボトムは瞼に挟まったシャベルに必死にしがみついていた。 「貴様! 貴様! 貴様ぁああああ! アンダの癖に私の片目を! 屈辱だ屈辱以外の何物でもない! 殺す! 貴様は徹底的に痛めつけて殺してやる。玩具にして嬲ってやろう! 千年前の人間共のように!」  怒りの咆哮を身体中に浴びながらボトムは自分の心臓の鼓動がこれまでにないほどに激しく鳴っていることに気付く。そして、その心臓に呼応するかのように身体中を血が駆け巡り、さらに、気付けばボトムの口角は上がっていた。  竜は、居た。  その事実がボトムをとんでもなく昂らせた。  それに不思議と焦ってはいなかった。 「岩よ、集まれ。ロック」  赤竜が上に行こうとしたその瞬間、これまた穴掘りで覚えた岩を動かす魔法で今まで避けていた岩をすべて集め、赤竜の動きを一瞬封じる。  そして、その瞬間緩んだ瞼からシャベルを引き抜き、硬い岩を砕く時のように魔力を纏わせ鋭い魔法の刃を作り出す。  そして、そのまま大きく振りかぶり。 「岩断」  竜の片翼を切り落とす。  噴き出す血は黒く、その血を見てボトムはたまらなく興奮していた。 「ア、アンダ、貴様ぁああ!」  赤竜が叫ぶがボトムは止まらない。落ちた赤竜の身体を土魔法で操り生み出した泥沼に沈め固める。そして、再びシャベルに魔法の刃を纏わせ、更に魔法で重力を増やす。穴掘りで邪魔な大きくて硬い岩を壊すように。 「鋼壊」  ボトムは嗤いながら、赤竜の首をおとした。  ボトムは、一人穴を掘っていた。ざくざくざくざくと。  それは墓穴だった。巨大な墓穴に、赤竜とトップの死体を放り投げ、土をかけていく。  少しずつ埋まっていく二つの死体を見ながらボトムは考えていた。  赤竜は、皆が気付く前にと言っていた。  であれば、穴の存在はすぐに知られたわけではないだろう。  だが、いずれ穴が開いたことに竜は気づき人間の世界を襲う。  【勇者の血族】であるトップがいとも簡単にやられたのだ。他の人間ではひとたまりもないだろう。特に竜は翼を持っている。空を飛ばれればお手上げだ。  だが、もし、土の中で戦う事になったら? 「ふひ」  ボトムは嗤って真っ暗な穴を覗き、そして、落ちていった。  千年後、人類はその少年が世界を救った事実を発見する。  その物語は穴掘りの少年が穴を掘り続け下に下にどこまでもおちつづける物語だった。
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