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「ここら辺で間違いないと思うんだけどなぁ……」
都内の喧騒から離れたS県の某所。
駅前から少し歩けば、背の高い建物は消え、閑静な住宅街が広がる。
歩き疲れた私は、国道沿いのドライブスルーが併設されている有名コーヒーチェーン店に入り休憩することにした。
「隣、いいかしら?」
カウンター席で、ぐでっと机に肘を乗せてスマホを眺めていたところだった。
「え、あ、は、はい、どうぞ……」
声を掛けられて、反射的にそう答える。
店内はガラガラなのに、なんで私の隣に?
胡乱に横目を向け、思わず息を飲む。
きれいな女の人だった。
それこそモデルか何かやってるんじゃないかと思うほど。
だからこそ、真昼間の田舎町の国道沿いにある某有名チェーンコーヒーショップでは浮いている気がした。
「あ、あの……」
ただの気まぐれなのかもしれない。
それでも、何かの間違いじゃなければ、店内にいくつもある空席でなく、私の隣に座ったのには理由があるのではないか。
コーヒーを一口すすった彼女は、私のスマホの画面を指さし告げた。
「あなたも和君のファンでしょ」
和君。
本名飯田和仁。好きなものはお酒。嫌いなものは片付け。
ビジュアル系バンドのボーカルで、彼の魂を震わせるような曲の信者やストーカーは多かったが……半年前に酒癖の悪さが災いして炎上した。
謝罪会見を開くも焼け石に水。
芸能界から干され、バンドは解散。
CDも回収する羽目になり、以降表舞台から姿を消してしまった。
噂ではどこかの安アパートで酒浸りの毎日を送っているとか……。
「あなたもってことは……お姉さんも、ですか?」
「ええ。私は優花。一ノ瀬優花よ。あなた、同類でしょ? もしよければ、一緒に和君を探さない?」
「え……」
渡りに船だ。
一人で無理でも二人なら和君を見つけられるかもしれない。
きっとこの人は、私と同じだ。
たった一度の失敗で夢を絶たれた和君を元気づけたいのだ。
だって彼女、いや、優花さんの吸い込まれるような黒瞳は優しかったから。
「嫌?」
「い、いえ、ただ驚いちゃって……いいんですか?」
「もちろん。和君のファンに悪い奴はいないもの。それじゃあ、行きましょうか。えっと……」
「あ、私、佐々木早紀って言います。お願いします」
「早紀さんね。こちらこそよろしく」
田舎にも親切な人っているんだな……。
私は、優花さんの頼もしい背中を追って、有名コーヒーチェーン店から出た。
******
「SNSの情報だと、恐らくこの辺りだと思うのですが……」
「うーん、あ! ちょっと電信柱にフォーカスしてみて、ズームして……ほら!」
SNSに載っていた和君が撮った写真、背景に映っている電信柱をズームしてみると、そこには〇野203という文字が。
スマホから顔を上げ、電信柱を見上げる。
目を凝らすと、上の方に小さな標識和君の写真の中の情報と一致した。
電信柱に背を向けて反対側を見る。
そこには、築30年近くは経過していそうなボロボロのアパートがあった。
おそらく、玄関の前にお酒の空き缶や空き瓶が沢山転がっている部屋が和君の部屋だろう。
以前テレビ番組のインタビューで、片付けが出来なくていつのまにか飲んだお酒の缶や瓶が玄関の外に積み上がってしまうと話していたのを覚えている。
優花さんもわかったのか、「あの部屋でしょうね」と呟いていた。
「発見です!」
「発見ね。一時期はオートロックマンションに住んでて会いに行くのも大変だったのにねぇ」
しみじみと語る優花さん。
わかるなぁ、私もよく守衛さんに門前払いを食らってたから……。
「でも、この方が探しやすくて、私的には助かります」
「私もよ。さて、突撃しましょうか?」
ふふふと笑う優花さん。
「はい!」
和君に会ったらなんて言おう。
また歌が聞きたいって伝えようか? あなたの歌が好きですと言おうか……。
やだ、好きですなんて……うふふふふ!
ピンポーン。
「はーい、誰っすか?」
ドアが開いた瞬間、私達は自然と靴を扉の内側に滑り込ませていた。
ガッ!!
扉を押し開ける私達。
「ひっ!?」
短い悲鳴が上がる。
若干やつれ気味で髪もぼさぼさ、だけど、変わらない和君がそこに……。
「和君? 落ちぶれちゃって可哀想に、ご飯作ってあげましょうか?」
と、こちらは優花さん。
優しい微笑みだった。
先を越されたという悔しい気持ちが沸き上がる。
だけど、私は、今日は和君を元気づけるためにきたのだ。そう、一度の失敗で挫折しちゃうなんてもったいないから。和君にまたバンドしてもらいたいから。
言葉は自然と紡がれた。
「和君、元気出して! また和君の歌がききたいな!」
これでよし、これで私の和君の中での好感度は爆上がりに違いない。
「お、お前らは! 俺を散々付け回してきた厄介ストーカー女じゃないか!! なんでここが……」
「ひどい和君! ストーカーじゃないです! 追っかけって言って!!」
「同じだろ!」
まだ部屋に入ってないし、今日は応援に来ただけだから心外!
優花さんがスマホを開いて写真を和君に見せる。
「SNSに写真を上げるときは特定されないように注意しなきゃってマネージャーから教わらなかったの?」
優花さんは何かの注射器を取り出して和君に一歩せまった。
「な、なんだよそれ!」
和君は部屋の中に一歩引っ込む。
「優花さん、それは……?」
「大丈夫。これは和君を守るためのお薬だから……早紀さんも和君を元気にしたいわよね? 和君が暴れないように拘束してくれる?」
優花さんはバックから素早く縄を取り出し、私に渡した。
「なにが元気にするためだ! それ、やばい薬だろ絶対!! なあ、お前からもやめるように言ってくれよ!」
和君は懇願するように私に横目を向ける。
憧れの和君が私にすがるような目を……で、でも、和君を逃がさ……元気にするために私はここにいる。
それに優花さんはこんなに優しい笑顔だ。
天使のような微笑みの彼女が和君に危害を加えるだろうか?
否、ありえない。
私は縄を構えて、和君ににじり寄る。
「ごめんなさい……これも和君のためなんです!!」
「ふふふ、わかってくれたみたいね早紀さん。これは全て和君の為……」
今日は元気づけるだけにしようかと思っていたけれど予定変更だ。
和君は腰が抜けたのか、しりもちをついて、廊下を後ずさる。
「何が俺の為だ!! やめろサイコ女ども! く、来るな! くるなぁああああ!」
バタン!
和君の叫び声がお外に漏れないように私は後ろ手に玄関をしめた。
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