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 翌日、彼が一番で出勤し、開店準備をしてる間に、子供を学校に送り出したパートの女性が出勤して店を開けた。  それぞれが客が入ってくるまで店内の掃除や整頓をしつつ、朝のルーティンを終わらせたが彼はふと思い出してバックヤード側に入った。  デスクの引き出しを開けて様々の物を選り分けた中から鍵を見つけた。  摘み上げると、取り付けられたプレートに「地下室」とある。  不動産屋から借りてから一度も使っていなかったか、と思った。  店を任せ、一旦地下に降りた。  ドアノブの鍵穴に挿すと、反応はぎこちないが施錠はできた。  一度、鍵穴専用の潤滑剤をすることにしようと彼は考え、それから倉庫内に入った。  封を切ったものをセロテープで封じるかなどと昨日見たものを再び見た。  昨日確認したものが幾つか減っていた。  数えてはなかったが、袋などの中身が更に目減りしているのははっきりと分かる。  あり得ない、今朝出勤したパートの彼女は今日はまだ地下室に降りていない。  昨日の退勤から今朝の出社までの間、他に出入りしたものがいるというのか。  照明を透かして埃の取れているところが見える。  テナントを借りた時に、地下室には前の店子の置いていった什器が残されており、そのままこちらでも使えると判断してスチール棚を利用していたのだが、その上に置かれたものを違和感からよく見ると動かした痕跡が分かる。  彼の知らない内に、何者かが入り込み、ここから品物を持ち出している。  上の店舗から商品や金銭が消えたことは今まで無い。  夜間には無人の店内に監視カメラを稼働し録画をしている。  全ての角度をくまなくではないが、従業員を含めた人間が外から入れば姿は全て記録されている。  この地下室につづく出入口までは映っている筈だが。  彼は室内を見回した。  風を感じたのだ。  まさか他に出入口も窓もあるはずがない。  奥まで進みスチール棚の端を覗き込んだ。  むき出しのコンクリの壁、その下方に細長い隙間があった。  彼は屈んで、取り出したスマホのライトを当てそれを見た。  何らかの衝撃などで出来た亀裂や穴ではない、建築の基礎そのものに開けられたものに見える。  人の足のくるぶしほどの高さで、ちょうど地窓のようだが窓枠もガラスも入っていない。  そこから風の流れ込んで来ている気配がある。  四つ這いになり、ライトの角度を調節してよく観察する。  崩れた痕跡もないが、このコンクリートの隙間の縁があまりにも綺麗過ぎるように見えた。  工事の工法で仕上げたというよりも、まるで切れ味の鋭いカッターで、ケーキのように切り開けたような……彼にはそう見えた。  そしてその奥にはかなりの空間があるようだが……。  あり得ない。  このテナントを借りて新規開店する時に、この地下室を掃除して中を整理したのは彼自身だった。  その時にこんな隙間など無かった。  しかも、ビル建物の外周から考えて、この壁の外には駐車場の地面があるだけで地下空間などある訳が無い……。  ライトの角度を変えると、隙間の奥の闇の中に一瞬何かが見えた。  彼は声を上げそうになった。  ライトに照らされた小さな目が……ネズミではない、人の目が見えた。  まるで人形のように小さな顔が彼を見返していたのである。
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