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――ソレを発見したのは、酷く蒸し暑い夕方だった。
ここ数日、愛人がしつこく寄越した『絶対、来て』とのメッセージに、はいはい、と重い腰を上げ、あいつの部屋に訪ねてみたらこれだ。
俺をしつこく呼んだまひるはおらず、合鍵で部屋に入れば、その瞬間に異変に気付いた。
異臭。肉の腐敗臭と糞尿の混じった臭いが、無風の蒸し暑い室内に充満してる。
玄関から見る分にはいつもと変わらぬ清潔感のある部屋なのに、どこから涌いたのか、何匹もの蠅がブンブンと喧しい。
何日か出掛けていたとは聞いていた。遊びに行くのだと。
(旅行中に放置した食料だか生ゴミでも腐らせたのか?)
可愛いが少々ズボラな女だから、粗方、俺にゴミ処理でもさせる魂胆だったか。
ヤレヤレ、とため息。鼻を摘まみながら部屋に上がり、換気扇を回し、リビングの窓を開ける。
リビング隣の寝室も開けようと、引き戸の取手に手を掛け、嫌な予感を覚えた。
引き戸の僅かな隙間から漏れる腐敗臭が、何処よりも強い。それに、蠅がこの部屋から出入りしていた。
――待て。
脳内で警告音。
一度、口内の唾を飲み下し、恐る恐る声を上げた。
「おい」
寝室にまひるがいるとは思わない。
あいつは汚いもの、臭いものに近寄りたがらないから、今のこの部屋には寄り付かない筈だ。
まひるはいない。だが、他にはいる。
「おいっ」
先程よりも声を張り上げてみたが、返事はなかった。
(……当然か)
何故なら、俺がいる時はアレが音を出さぬよう躾させていたからだ。
だが、今はそれどころではない。
今だけは声でも音でも上げてほしかった。
(駄目か。駄目なのか)
引き戸の向こうへと耳を澄ますが、聞こえるのは蠅の音のみ。
嘔吐感が込み上げるような異臭よりも、今は緊張から来る動悸で気がおかしくなりそうだ。
だが、ここを開けねばならなかった。
恐らく、ここにまひるが俺を呼びつけた原因があるのだろうから。
(ままよ!)
ガラリ。
目を瞑り、眉間に皺寄せ、勢いをつけて開けた引き戸。
中の強烈な異臭と大量の蠅が放たれ、思わず両腕で顔を庇い、うずくまってその場に嘔吐する。
蠅の弾幕で顔を上げていられずとも、それでも部屋の隅にあるクローゼットの隙間から、はみ出た黒い足が確かに見えた。
蠅に集られ、蛆の涌くソレ。
大人のものとは到底言えぬ、小さな足。
今まで見ようともしなかったが、そこにいた年月から計るに妥当な……いや、それよりは幾分か小さめの足。
――押入の中の子ども。
――押入で死んだ、子ども。
――まひるが何年か前に生んだ、子ども。
――まひるが俺の子と言い張った、ソレ。
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