期間限定鴨南蛮

2/5
前へ
/5ページ
次へ
「なあ、マモル」 「うん?」  先に食べ終えたアニキが、頬杖を付きながら俺を見ていた。 「あれから何年になる?」 「……えっと、三年」 「まだそんなもんか」  俺はため息まじりに「ちがうよ」と言った。 「やっと三年、だよ。長かった」  アニキはククッと笑う。 「そう言えばさっき、あの子を見かけたよ」 「どの子?」 「ミキちゃん」  ミキ……俺は顔をしかめた。するとアニキが「そんな顔をするなよ」って言ってまた笑う。 「ミキちゃんのこと、お前はずっと好きだったのに、タイミング悪く適当に付き合った彼女がいたために、泣く泣くフってさ。そっから音信不通だっけ? マモルは本当、ちゃんとした男だよな」 「まったく、その話であと何回からかう気?」  俺はいら立ちを隠さないように、そばを大きな音を立ててすすった。 「それで? ミキがどうしてたって?」 「やっぱ気になる?」 「そりゃ……」  言葉尻がすぼみながらも、俺は「気になる」とつぶやいた。 「普通に、女友達と一緒に歩いてたよ。フリーかどうかは知らないけどさ」 「そう」  俺は鴨南蛮そばの汁を飲み干した。からいだし汁のおかげでのどが渇いた俺は、冷蔵庫からミネラルウオーターを取り出した。 「アニキも飲む?」 「ああ……って、マモル。オレが留守にしてる間は、本当に麦茶すら作らないんだな」 「う、うるさいな」  アニキが家にいれば、麦茶が作られて常備されていた。でも家を空ければ俺は二リットルのミネラルウオーターを冷蔵庫に入れて飲んでいる。麦茶が嫌いなんじゃない、作るのがめんどくさかったんだ。 「真面目なのか不真面目なのか。お前っておもしろいよ」  アニキは俺をあたたかい目で見つめる。 「ミキちゃんと付き合えたかもしれないのにな」 「もう言うなよ。俺はもう、吹っ切れてるんだから」 「へえ、そう。じゃあオレのことは?」  俺は何も言わずにコップに注いだミネラルウオーターをアニキの前に差し出した。アニキはコップを触ったまま、飲まずにほほ笑んでいた。 「なあ、マモル。人間ってどんだけ〈かもしれない〉を積み重ねるんだろうな」 「さあ? ……もしかしてその話をするために鴨南蛮を買って来たわけ?」 「無関係じゃないだろうな」  ククッとアニキがまた笑う。一緒にコップの水も揺れた。 「マモルはミキちゃんと付き合えたかもしれない。オレたちの両親は離婚しなくて済んだかもしれない。オレが大学を中退しない道があったかもしれない。マモルと一緒に暮らさない選択があったかもしれない。……人間って、かもしれない、を積み重ねながら生きるんだな」 「まるで罪だな」  俺は自分でもひねくれたことを言ったと思った。それでも、そう反論せずにはいられなかった。 「マモルはひねてんな」  アニキは笑う。優しく笑う。 「なあ、マモル。お前はそれでも、生きろよ。たとえ〈かもしれない〉がイコールで〈罪〉だったとしても、お前は生き続けろよ」
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加