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「なあ、マモル」
「うん?」
先に食べ終えたアニキが、頬杖を付きながら俺を見ていた。
「あれから何年になる?」
「……えっと、三年」
「まだそんなもんか」
俺はため息まじりに「ちがうよ」と言った。
「やっと三年、だよ。長かった」
アニキはククッと笑う。
「そう言えばさっき、あの子を見かけたよ」
「どの子?」
「ミキちゃん」
ミキ……俺は顔をしかめた。するとアニキが「そんな顔をするなよ」って言ってまた笑う。
「ミキちゃんのこと、お前はずっと好きだったのに、タイミング悪く適当に付き合った彼女がいたために、泣く泣くフってさ。そっから音信不通だっけ? マモルは本当、ちゃんとした男だよな」
「まったく、その話であと何回からかう気?」
俺はいら立ちを隠さないように、そばを大きな音を立ててすすった。
「それで? ミキがどうしてたって?」
「やっぱ気になる?」
「そりゃ……」
言葉尻がすぼみながらも、俺は「気になる」とつぶやいた。
「普通に、女友達と一緒に歩いてたよ。フリーかどうかは知らないけどさ」
「そう」
俺は鴨南蛮そばの汁を飲み干した。からいだし汁のおかげでのどが渇いた俺は、冷蔵庫からミネラルウオーターを取り出した。
「アニキも飲む?」
「ああ……って、マモル。オレが留守にしてる間は、本当に麦茶すら作らないんだな」
「う、うるさいな」
アニキが家にいれば、麦茶が作られて常備されていた。でも家を空ければ俺は二リットルのミネラルウオーターを冷蔵庫に入れて飲んでいる。麦茶が嫌いなんじゃない、作るのがめんどくさかったんだ。
「真面目なのか不真面目なのか。お前っておもしろいよ」
アニキは俺をあたたかい目で見つめる。
「ミキちゃんと付き合えたかもしれないのにな」
「もう言うなよ。俺はもう、吹っ切れてるんだから」
「へえ、そう。じゃあオレのことは?」
俺は何も言わずにコップに注いだミネラルウオーターをアニキの前に差し出した。アニキはコップを触ったまま、飲まずにほほ笑んでいた。
「なあ、マモル。人間ってどんだけ〈かもしれない〉を積み重ねるんだろうな」
「さあ? ……もしかしてその話をするために鴨南蛮を買って来たわけ?」
「無関係じゃないだろうな」
ククッとアニキがまた笑う。一緒にコップの水も揺れた。
「マモルはミキちゃんと付き合えたかもしれない。オレたちの両親は離婚しなくて済んだかもしれない。オレが大学を中退しない道があったかもしれない。マモルと一緒に暮らさない選択があったかもしれない。……人間って、かもしれない、を積み重ねながら生きるんだな」
「まるで罪だな」
俺は自分でもひねくれたことを言ったと思った。それでも、そう反論せずにはいられなかった。
「マモルはひねてんな」
アニキは笑う。優しく笑う。
「なあ、マモル。お前はそれでも、生きろよ。たとえ〈かもしれない〉がイコールで〈罪〉だったとしても、お前は生き続けろよ」
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