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こんな日は酒でも飲もうと冷蔵庫を開けたら、ちょうどビールが切れていることに気づいた。
「鴨南蛮を買ったときに、買いたしておけば良かった」
そう言って俺は家の鍵と財布を持って、部屋をあとにした。コンビニまで五分足らずの道をのんびりと歩く。今日は雲ひとつない月のキレイな夜だった。
コンビニに入るとき、女性二人組とすれ違った。俺はうつむいていて顔を見ていなかったけれど、その女性に「マモルくん?」と声をかけられた。
「だれ……ミキ?」
「やっぱりマモルくんだぁ!」
ショートヘアーに髪色も変わって気づかなかったけれど、たしかにミキだった。俺はがんばって笑顔を見せた。
「元気?」
「元気元気! あ、サオリ、この人がね、私の言ってた――」
「分かってる。〈あの〉マモルくんね」
サオリと呼ばれた溌剌そうな女性は、意味深に笑いながら「私、お菓子買いたすからどうぞお二人で」と言ってコンビニに引き返していった。
俺とミキ、二人っきりになったのは、高校卒業してからだから、六年ぶりぐらいだった。
「マモルくんは元気だった?」
「まあ、そこそこ」
「今日、お兄さんの命日、だったよね」
俺はしずかにうなずいた。
「よく覚えてたね」
「おばさんにもお兄さんにも、良くしてもらってたから」
そう、ミキはアニキとも母親とも面識がある。そして馬も合っていたから、今でも俺の知らないところで連絡を取っていたとしても納得だった。
「マモルくんは今、どうしてるの?」
「どうって、普通」
俺はそう言ってから、ミキの言葉の意味を考えていた。彼女は何を知りたいのだろう?
「えっと、一人暮らしで。今もアニキと住んでたアパートにいて。仕事はとなりの駅のショッピングモールの中の店」
「彼女とか、恋人はいない……?」
「うん、まあ……」
そこから沈黙が続いた。俺はどうするべきなんだろう。
〈かもしれない〉という〈罪〉を増やさないためにすべきことは?
「あのさ、連絡先交換しない?」
俺はスマートフォンを取り出して言った。するとミキはとたんに笑顔を見せた。
「うん! いいね。明るい時間にまた会おう」
ミキと連絡先の交換を終えたら、見計らったかのようにサオリが戻ってきた。
「ねえねえ、ミキ! 期間限定の鴨南蛮そばだって!」
「もう、サオリったら。さっき焼肉を食べたばっかじゃん」
「〆のラーメンを忘れたから。ほら、ラーメンに比べたらそばなんてカロリーゼロだから!」
二人のやり取りを見ていた俺は、思わずクスッと笑ってしまった。
「その鴨南蛮そば、おいしいよ。期間限定なのがもったいない」
「マモルくん、食べたんだ!」
ミキが目をキラキラさせて俺を見上げた。俺はただ「うん」とだけうなずく。
「……あのさ、二人はこれからどうするの?」
「ミキの家で飲み直しですよ。実は今日、合コンの飲み会だったんですよ。ま、良いのがいなかったんですけどねー」
サオリが元気に答える。ミキが「ちょっと、サオリ……そこまで言わなくても」とすこし焦っている様子。それがちょっとかわいらしかった。
「少し待っててくれたら、オレが二人を送るよ」
「え? そんな、マモルくん……良いよ、大丈夫。女だけど二人だから」
ミキがそう言って断るが、俺はまた頭の中で〈かもしれない〉の予測変換をたてた。
たとえ万が一でも、ここでミキとサオリをこのまま帰して、事件にでも巻き込まれたら。
「いいよ、送る。送らせて。ミキの家は知ってるし、俺のアパートからも遠くないから」
ミキとサオリは顔を見合わせると、「お願いします」と笑顔でうなずいた。
俺は急いでコンビニに入って、ビールを二本買った。レジのうしろの時計は夜の九時を過ぎていた。俺はこれで良いんだ。
「お待たせ。行こうか」
俺は二人と並んでコンビニ前の道路を歩きだした。
そう言えば夢の中でアニキが「ミキと会った」と言っていた。案外ウソじゃなかったのかもしれない。それにしてもわざわざ俺の夢に会いに来るなんて、アニキも粋なことをしてくるものだ。
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