政略結婚

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◇◇◇ 「いかがでしたか、花嫁殿のご様子は」 新郎用の控室へ戻ってきたダリウスに、そう尋ねたのは特務騎士団時代、同じく騎士団に所属していたクロードだ。肩まで伸びたさらりとした金髪に、人好きのするにこやかな笑み。豪奢なソファで寛ぐクロードを横目に、ダリウスは「特に何も」とだけ返すと、ドサッとソファに座り込んだ。 「特に何もって……。ブルタージュの王女リリス姫といえば、絶世の美女だって有名じゃないですか。美人でした?」 前のめりになって興味津々のクロードに、ダリウスはため息をついた。 「こっちの意向を伝えたら黙り込んでたな。脳内がお花畑のお姫様は、さぞかし落胆しただろうよ」 ダリウスの言葉に、ゲッという表情を浮かべて呆れた様子のクロード。 「意地が悪いですね、ダリウス様も」 「望んだ結婚じゃないのは事実だ」 今度はクロードの方が「はぁ〜……」とため息をついた。 「まあ確かに、ダリウス様は何度も断った話ですから『望んだ結婚じゃない』ってのは事実に違いありませんけどね……。だったら、なおさら、この結婚をよく引き受けることにしましたね」 そう言ってクロードは、テーブルの上のワイングラスに手を伸ばし、ぐいっと煽った。すると、隣に座るダリウスも同じようにワイングラスを手に取り、濁った赤をじっと見つめる。 「結婚すれば、支度金として多額の金を払うと言われたからな」 その言葉にワインを吹き出しそうになるクロード。 「か、完全なる金目当て……!」 口に手を当てて、驚いたふりをするクロードに、ダリウスは手元のワインを飲み干した。 「……魔獣の脅威がなくなったとはいえ、国民の生活は豊かになったとは言いがたい。何をするにも金が必要だろ。殉職した兵士たちの家族の面倒をみるのに精一杯で、墓地だって、まだちゃんと整備してやれてないんだぞ。金なんて、いくらあっても足りない」 クロードから視線を逸らして、ふいと横を向くダリウス。どこまでも仲間思いの上官に、クロードはふと笑みをこぼした。 「そのために、この結婚を利用する、と」 「それ以外にメリットがあるか?」と返され、クロードはニヤニヤとしながらダリウスの肩に腕を回した。 「いや〜、さすが俺たちの団長ですね!」 「……もう団長じゃないっつったろ」 「いやいや、俺にとっては、団長はいつまで経っても、特務騎士団団長ですよ」 その言葉に、ダリウスは自分の手のひらをじっと見つめた。 思い出すのは、この手からさら砂のようにこぼれ落ちていった幾人もの仲間の命。どの最期も忘れられず、今でもときどき夢に見る。 「……なんだって利用するさ。王族の人間なら、なおさらな」 宝石が散りばめられたグラスを見つめるその目には、静かな怒りがこめられていた。クロードはそんなダリウスの横顔を、寂しげに見つめていた。
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