冷たい夫と新婚生活

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華やかな王都とは違い、辺境の山奥にある城へ移住することになったリリスの結婚生活に、きっとあの親子はさぞ気分がいいことだろうと思う。 夫のダリウスはリリスに見向きもせず、こちらのことはほったらかし。この状況を見れば、誰もが「リリス王女も落ちぶれた」と考えるだろうと予想がつく。 けれど、面倒なしがらみにまみれた王城内に比べると、こうして自由にできる今の方がよっぽどいい。掃除はいい運動になる上、キレイになった部屋を見るのは気持ちいいものである。 周りの声や態度がどうであろうと、自分のやるべきことをやる。 ダリウスの言葉に、いちいち落ち込んでしまうほどリリスの心は弱くはなかった。 「リリス様、向こうのホコリ叩きは終わりました!」 いまはユーリ以外にも、何人かにお願いして、手分けして城内を掃除しているところだった。 意気揚々と戻ってきたユーリは、「次はどこを掃除すればいいですか⁈」と意気込んでいる。リリスはクスリと笑うと、ユーリの顔に手を伸ばした。 「頬に(すす)がついているわよ」 「あ……っ!す、すみません……」 恥ずかしそうに顔を赤らめるユーリに、弟がいれば、こんな感じなのだろうかと思う。 「おい、ユーリ。何ヘラヘラしてんだ」 と、そこへ場の空気を変える声が聞こえてきた。リリスが後ろを向くと、そこには掃除を頼んだほかの使用人が数人立っていた。 「アベルさん……」 「アベル」と呼ばれた男は、ぎょろりとした目が印象的な男だった。 「俺らに分担された掃除は終わりましたぜ、。次はどんな仕事をお与えくれるんですかな?」 明らかに軽蔑の意が込められた呼び方に、リリスの頬がピクリと動いた。どうやら、この城内で嫌われているのは夫だけではないらしい。ここでもか、とさすがにため息をつきたくなる。 「俺らみたいな平民は、こんな掃除なんて朝飯前ですからねぇ。王女様は、こんな仕事しないと思いますが」 挑発的な態度。だが、ここで言葉で咎めるような真似をしたところで、根本的な解決にならないだろうとリリスは考えた。側にいたルーナが抗議しようとしたのが分かり、咄嗟に手で制す。 「そうですね……次は、床拭きをしましょうか」 「床拭きですか」 「ええ」 リリスの提案に、彼らはニヤニヤと笑いながら「王女様も一緒にどうです?」と言ってきた。やはり侮辱されているのは明らかだった。 「あなたたち──」 ルーナは今度こそ何か言いたげだったが、またリリスに止められる。ルーナがリリスを見れば、主人は前を見据えたまま、改めて彼らに向き直った。そして、「いいですよ」と返したかと思えば、今度はにこりと笑んだ。 「では、せっかくなので私と勝負しませんか?」 リリスの意外な返答に、使用人たちは呆気に取られて目をパチパチさせていた。
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