冷たい夫と新婚生活

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「ダリウス様!」 扉の向こうから現れたダリウスを、リリスは階段の上から呼び止めた。息を切らしてやってきたリリスに、クロードは驚いているようで「リリス様?」と目を丸くしている。 急いで階段を降りると、リリスは胸に手を当てて息を整えながらダリウスを見つめた。冷たい目は相変わらず。「なんだ」と言わんばかりに、眉間にシワを寄せている。 「おかえりなさい」 できるだけ、にこやかな笑みを浮かべて、そう言うとダリウスの眉間のシワはさらに深まった。ダリウスが何も言わないので、隣に立っているクロードが慌てて「よくダリウス様が帰ってきたとお気づきになられましたね」と、場を繋ぐ。 「洗濯物を干していたら、お二人が見えましたので」 「せ、洗濯物?」 リリスの言葉に、クロードは「掃除に続いて、洗濯もされているんですか」と目をパチパチさせている。「ええ」と返せば、クロードはさらに目を見開いて驚いていた。すると──。 「庶民ごっこは楽しいか」 そう言われてダリウスに目を向けると、フンと鼻で笑われる。 「庶民ごっこって、私はそんなつもりは──」 「慈悲深い自分に陶酔でもしているのか」 「ダリウス様……っ!」と、クロードが間に入ったが、リリスを見つめるダリウスの視線の鋭さは変わらない。リリスはギュッと手のひらを握りしめると、今度はその瞳をキッと睨み返した。 「どうして、そんなに突っかかってこられるのかは分かりませんが、少しは私の話を聞いてくださいませんか」 「何の話を聞くって言うんだ」 「私たちの、今後についてです」 きっぱりとそう告げたリリスに、ダリウスは面倒そうにため息をつくとリリスから視線を逸らした。 「ここでの暮らしについては、勝手にしろと言っただろ。裏を返せば、それは俺にも一切干渉するなということだ」 だが、ダリウスの言葉にリリスは「納得できません」と返した。 「自分の思い通りにならないことが、そんなにも不満か」 もう一度リリスの方を向いたダリウスはそう言ったあと、「行くぞ、クロード」とだけ言ってその場から立ち去ろうとする。 「待って──」 リリスは「このままではいけない」と思って、とっさにダリウスの手を掴む。そのとき、ふわりと香った甘い香り。ダリウスには似つかわしくない甘い香りがリリスの鼻をかすめた。それは、娼館の女たちがよくつけている香りだった。 そういえば、ダリウスは女性関係が派手だという噂話も聞いたことがある。 「この、香り……」 ぽつりと呟いたリリスに、ダリウスは「触るな!」と手を払いのけたかと思うと、そのまま背を向けた。突然のことに、呆然とするリリス。 「リ、リリス様!すみません。ダリウス様はお疲れのようですので、お話はまた今度に」 クロードはリリスに頭を下げると、自室の方へと向かうダリウスの背を追って行った。一人その場に残されたリリスは、払われた手をじっと見つめる。 「どうして、あの香りが……」 「触るな」と言われたこと、そしてダリウスから香った香りが頭を離れず、リリスはしばらくその場に立ち尽くしていた。
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