疑惑

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◇◇◇ 「本当に行かれるおつもりですか」 そう呼びかけられ、リリスは隣を見た。そこにはリリス同様、街の人間に紛れやすいような簡素な服を来たノエがいた。その表情は不安げにも、呆れているようにも見える。 「せっかくここまで来たのだもの。行かないという選択肢はないでしょう?」 「……マジで言ってるんスか」 今度こそ呆れたように大きなため息をつくノエに、リリスは「もちろんよ」と前を見た。 先日、ダリウスに向き合う覚悟があるのなら、とクロードに教えてもらったのが、この場所だった。大通りから逸れた路地の一角、娼館だらけの通りにある、とある店。 「クロードさんも、どうして俺にこんな役目を……」 がくりとうなだれるノエに、リリスは「一番信頼のおける部下を護衛につけると言っていたわ」と笑った。 「……あの人の、そういうところが嫌いです」 何やら訳ありの様子にリリスは首を傾げたが、はぁぁぁとことさら大きなため息をつくノエから、その理由を聞くことはできなさそうだ。 リリスは、目の前の店に視線を戻すと店の裏口を見つめた。店の前には、露出の高い服を着た女が通行人に声をかけていた。 「……あの中に、ダリウス様がいるって聞いたけど」 店へ入るところは見ていない。クロードからは指定の時間に、裏口からこっそり入ってきてくれと指示を受けただけで、それ以外のことは聞かされなかった。ダリウスがどうして、ここにいるのかも。ここで何をしているのかも。 (まさか、浮気場面を見せられるとは思ってないけれど……) ふと、一瞬不安がよぎる。そうではないと断言できるほど、リリスはクロードのことをよく知らなからだ。「ダリウスに干渉するな」という意味で、あえて浮気場面を見せる可能性だってある。 「やっぱり帰りますか」 思いつめた顔をしたリリスを心配したのか、ノエがそう尋ねてきた。 「……どういう話の流れで、クロードさんがあなたをここへ連れてきたか知りませんが、普通に考えて夫の浮気場面を見に行くだなんて嫌でしょう」 「俺だったら帰りますけど」と続けたノエ。そっけない物言いだけれど、リリスを思っての発言だということは伝わってきた。無愛想だとルーナには言われていた彼だが、案外やさしいのかもしれない。 ノエの言う通り、ここで引き返すというのも一つの手だ。それでも──。 『途中で逃げ出したりせず、あの方と、きちんと向き合う覚悟がおありですか』 そう言ったクロードの目を、リリスは信じたいと思った。 「ノエ、心配してくれてありがとう」 リリスはそう言ってノエに笑いかけると、「行きましょうか」と前を見据え歩き出した。
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