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「待ってください!」と、追いかけてくるノエを伴って、リリスは目当ての店の裏口前に立った。木製の古びた扉には、ところどころ傷が入っている。
「ほ、本当に入るんですか……?」
「……入るわ」
まだ疑うノエを横目に、リリスは意を決して扉をコンコンとノックした。ほどなくして、キィと音を立てながら扉がゆっくりと開く。二人が緊張した面持ちで待っていると、一人の女が現れた。ボディラインを強調した露出の高い服装に、ノエがバッと顔を赤らめて視線を逸らす。女はリリスを見ると、
「もしかしてクロード様が言ってた客人かしら?」
と尋ねてくる。リリスは「ええ」と返し、「中に入れてくださいますか」と聞く。
「……話は聞いています。こちらへどうぞ」
女はそういうと、扉を開けて二人を中へと案内してくれた。このあたりでは大きい部類に入る娼館で、従業員用と思われるバックヤードも想像以上に広い。中庭もあり、その奥には小さな離れまであるようだ。
女のあとをついていく中で、リリスが以前かいだことのある甘い香りが鼻をかすめた。やはり、あの日ダリウスがここへ来ていたのは間違いないらしい。リリスは手のひらをぎゅっと握りしめて、鼓動が早まる胸を抑えた。
「こちらです」
ここへ来るまで、女は何も言わなかった。案内されたのは中庭にある小さな離れ。外からでは中の様子は分からない。「では、私は仕事に戻ります」と、案内役の女が立ち去るので、リリスは慌てて礼を言ったあと、改めて目の前の離れを見つめた。
「……ここまで来てなんですが、リリス様」
「……なに?」
「……マジで入るんですか?」
二人の間に沈黙が走る。
「や、やめてよ!人がせっかく決心を固めていたのに、直前になってそんなこと言うの」
「だ、だって、俺嫌ですよ!入った先で、上官のそんな現場見るの!」
慌てふためくノエに、リリスは一瞬やめてしまおうかという考えがよぎった。冷静に考えると、結構無茶なことをしている。だが、次の瞬間──。
「この香り……」
嗅ぎ覚えのある薬草の香りが、ふわりとリリスの鼻をかすめた。
(そうよ、私はこの香りの理由を知りたくて、ここへ来たのよ)
今度こそ決意が固まったリリスは、そのまま目の前の扉に手を伸ばした。ドキドキしながら、そっと扉を開ける。すると、そこにいたのは──。
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