疑惑

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◇◇◇ それから室内へと戻ったリリスは、マチルダと二人きりにしてほしいとクロードやノエに頼んだ。 なんのことやら、と首を傾げていた二人だが、ダリウスが目で合図をしたので、それに応じた彼らは、リリスを一人部屋の中に残して外へ出ていくことになり、離れから程近い場所で待機することに。 「ダリウス様、リリス様と何をお話になられたんです?」 部屋を出たクロードは、ダリウスにそう尋ねた。 「……マチルダの説得を頼んだ」 「えっ⁉︎」 「ダリウス様が、ですか」と驚くノエ。少なからず、リリスとダリウス、二人の関係が思わしくないことは、ノエでさえ知っていることだったからだ。 「リリス様なら説得できるかもしれませんね」 澄ました顔でそう言ったクロードに、ダリウスの鋭い瞳が向けられた。 「クロード……お前、どういうつもりで、あいつをここに呼んだんだ」 「……さっき言ったでしょう?ニンギスの香りに気づいた薬草学の知識がある彼女なら、マチルダを助けることができるかもしれないと──」 「それは建前上の理由だろ」 クロードは目を逸さぬまま、ダリウスの視線を受け止めていたが、しばらくしてから何かを諦めたかのように大きく息をはいた。 「本音をいえば、俺があなたに、リリス様ときちんと話し合う時間を持ってほしいと思ったからです」 その言葉に、ダリウスの眉間にシワが寄った。 「そんな、くだらない理由で──」 「くだらなくなんか、ありません」 ダリウスを遮って、そう言ったクロードの表情は真剣だった。 「……ダリウス様が王家の人間を嫌っている理由は知っています。俺だって、これまでの仕打ちを考えたら、彼らのことを到底許すことなどできません。ですが──」 と言ったところで、クロードは先日自分の執務室に乗り込んできたリリスのことを思い出した。 『私は初めから何もしないまま、一生夫である彼を理解することを放棄して、このような関係を続けたいとは思いません』 あの強い瞳を、信じてみたかった。 国を救い、英雄と讃えられたのに、いまもまだ苦しんでいるダリウスのことを、彼女なら救ってくれるのでは、と淡い期待を抱いている。本人はきっとそんなことは望んでいないだろうし、おせっかいだと自覚はしているが。それでも──。 「ですが……リリス様は、ほら!なんだか、ちょっと思っていた王家のお姫様とは違うじゃありませんか。城の者ともすっかり打ち解けて、掃除や洗濯をし始めるし!話してみれば、分かり合えることもあるんじゃないかと思って」 にこやかな笑みを浮かべながら、クロードはリリスの良い所を挙げていったが、変わらぬダリウスの鋭い視線に、アハハと苦笑を漏らす。しかし、今度は頼りない笑みを浮かべると、「それに」と話を続けた。 「……今日だって、ただれたマチルダの手を迷いなく手に取った。彼女の周りにいる者たちは、病が移るのを恐れて、この離れにすら近寄ろうとさえしないのに」 三人の間に沈黙が走る。すると、今度は様子を伺って、少し居心地悪そうにしていたノエがそろりと前に出た。 「確かに、俺も、思っていたお姫様とは違う人だなと思いました。しっかりしているのかと思えば、急にあたふたしたりして。度胸があるのか、ないのか分かりませんが」 ここへ来るまでのことを思い出したのか、ノエは小さく笑った。 「王女だったあの人がこんな場所までやってきて、自分ではない誰かを救おうとしている。そのことは紛れもない事実です。それは……俺が想像していた王家の人間とは、随分かけ離れたものですよ」 ダリウスはしばらく表情を変えずに、彼らのことをじっと見つめていたが、程なくして小さくため息をつき、おもむろに口を開いた。 「……お前らの言い分はよく分かった」 ダリウスの言葉に顔を見合わせるクロードとノエ。ほっとした表情を浮かべた二人だったが、それも束の間。「だがな」とダリウスの低い声が聞こえ、背筋がピンと伸びる。 「変な気は回すな」 「は、はい」 「すみませんでした」 二人の返事を確認すると、ダリウスは「それから」と鋭い視線を向け、さらに言葉を続けた。 「仮にも”王女”だった人間を護衛数人でこんな場所まで連れてくるな。……不用心すぎるだろ」 厳しい口ぶりに体を縮こまらせる二人。だが、騎士団長らしいダリウスの物言いには懐かしさを覚えたのか、つい口元が緩んでしまった。いつだって皆の先頭に立ち仲間を鼓舞していた、部下想いの団長を思い出す。 それから、くるりと背を向けてしまったダリウスの背中に、ふと笑みをこぼすと、二人は声を揃えて「了解です」と敬礼を返したのだった。
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