疑惑

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リリスの説得の甲斐あって、マチルダは後日ダリウスたちが住まう城で、きちんとした治療を受けさせることになった。 ちょうど客間の掃除を終えたところで、部屋なら余るほどある。カーテンやシーツも干してばかりで清潔な上、マチルダの看病はリリスが引き受けることとなったので城に連れてくるのが看病には一番よい環境なのだ。 「では、また城でお待ちしていますね」 マチルダにそう声をかけて部屋を出た四人は、揃って帰路につくことになった。 「よかったです。マチルダが、きちんとした治療を受けてくれる気持ちになってくれて」 「うちの城なら、客間あまりまくってて看病におあつらえ向きな環境も整ってますしね」 「ええ。掃除をしておいて正解でした」 クロード、ノエ、リリスの順に会話しながら路地を出る。空は徐々にオレンジ色へと染まっていく頃合いで、あたりも随分と賑わってきていた。すでに酔っ払っている者もおり、どの店も繁盛しているようだ。 「リリス」 そのとき、ずっと黙って歩いていたダリウスに呼び止められる。初めて名前を呼ばれたリリスは、突然のことに一瞬反応が遅れてしまった。慌てて隣を見れば、こちらを睨みつけるような目。 (な、何なのかしら……⁈) 頭の中では混乱しつつも、愛想笑いを浮かべて「はい」と返事をする。ただ名前を呼ばれただけなのに、なぜだか心が落ち着かない。 クロードは、そんな二人を見つめながらダリウスに向かって「目つきが怖いですって」と、苦笑した。ノエも隣でうんうんと、首を縦に振っている。 「……俺はもともとこういう顔だ」 「お前らも知ってるだろ」と続けて、どこか不貞腐れているような表情をしたダリウスに、リリスはくすりと笑みをこぼした。もしかして拗ねているのだろうか。 「何でしょうか、ダリウス様」 なんだか微笑ましい気持ちで、そう返すと、改まった様子でダリウスがリリスのことを見つめる。 「俺たちだけでは、マチルダの説得は難しかっただろう。……今回の件について、礼を言う」 それからダリウスは、「それだけだ」と、ふいとリリスから視線を外した。ぶっきらぼうな物言いに、そっけない態度は相変わらずだった。 だが、リリスは全く嫌な気にはならなかった。きっと、ダリウスは不器用な男なのだろう。そんな一面を、今日はわずかに知ることができたから、目つきの悪さも、無愛想な態度もこれまでとは違って見えた。 「どういたしまして」 にこりと微笑んだリリスからは、ダリウスがどんな表情をしているのかは分からない。けれど、それが悪いものではないことを願いながら、リリスはダリウスのあとをついていった。 そんな二人の後ろ姿を、ニヤニヤと、どこか嬉しそうに見つめていたクロードとノエ。 「ねえ、ダリウス様!せっかくなんで、何か食って帰りましょうよ」 ノエはゴロゴロと擦り寄る猫のようにダリウスにおねだりした。すると「あ、だったら俺、いい店知ってますよ?ソースがめちゃくちゃおいしいステーキが絶品の店です」と、クロードがそれに便乗する。 「バカ言え。もうすぐこの辺りも暗くなる。早めに帰るぞ」 「えー、俺めったに街に来ないから食える機会ないんですよ〜!」 またもダリウスにすり寄るように甘えるノエだったが、「却下だ」と一刀両断するダリウス。そんな三人の会話に、リリスはクスクスと笑みをこぼして隣に並ぶ。 大通りに出た四人は、賑やかな街に溶け込むように歩いていく。そんな背中を、一人の男がじっと見つめているとは気づかずに──。
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