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「隣国の王子が来るだと……?」
執務室を訪れたリリスがダリウスに持参した手紙を見せると、案の定、眉間にシワを寄せて嫌そうな顔をされた。
「ええ、結婚祝いをお持ちしたいと」
ため息をつくダリウスの横で、クロードが「騎士団時代も、団長はこの手の催しは苦手でしたもんね」と苦笑を漏らしていた。リリスは、パーティー会場でも眉間にシワを寄せ難しい顔をしているダリウスの姿が容易に想像できて、小さく笑う。
「でも、さすがに隣国の王子からの申し出となると無下にはできませんよ。どうなさいますか?」
手紙を覗き込みながら、そう言ったクロードにダリウスは「どうするも何も、俺らには選択権なんてないだろ」と、面倒そうに返した。クロードも同意見だったようで、「ですよね」と応えた。
「ということで、リリス様。王子にも、そうお伝えしていただいてよろしいでしょうか」
「ええ、そのつもりです」
となると、これからしばらくは準備に忙しくなる。ルーナたちに指示をしておかねば、とリリスが思案していると、「リリス」と名を呼ばれる。
「はい」
リリスがダリウスの方にちらりと顔を向けると、こちらをじっと見つめる切れ長の瞳と目が合った。探るような目に思わず構えてしまい、作り笑いを浮かべる。
(何かおかしかったかしら……?)
だが、ダリウスから返ってきたのは意外な言葉だった。
「何か心配ごとことでもあるのか」
予想外の問いかけに、目をぱちぱちと瞬きするリリス。
「心配ごと、ですか……?」
「ああ、さっきからずっと目が泳いでいる」
鋭い指摘に、ぎくりとするリリス。まだ一緒に過ごすようになってようになって間もないというのに、これほど洞察力が鋭いのも、彼が特務騎士団団長だった所以なのだろうか。
「いえ、心配ごとというか……その」
あさっての方向に視線を逸らしながら、珍しくリリスは言いにくそうに口ごもった。
「なんだ、言ってみろ」
そう言われてリリスはダリウスの方を向いた。目つきが悪いと言われる彼の瞳が、より鋭くなった気がして、せかされるようにリリスは「その」と、おもむろに口を開いた。
「実は、ベリック様には婚前、ことあるごとに結婚を申し込まれておりましたので……」
言いづらそうなリリスに対して、クロードが「ああ、なるほど」と、ポンと手を出して叩いた。
「いや、怖いですね。そんな相手からの結婚祝い進呈の申し出だなんて。呪いでもかけられていそう……」
「……正直、何か別の思惑があるのではないかという懸念はあります」
表情を暗くするリリスに、クロードも「確かに」と頷いた。
「……だとしたら、用心しておくに越したことはないだろうな。頼んだぞ、クロード」
「ええ、その辺りの手筈も整えておきます」
ベリックも一国の王子という身分の人間なのだから、私情を挟んで大事にするようなことはないとは思っているが、人は何をきっかけに心変わりするのかは分からないものだと、リリスは思う。
(何もなければいいけれど……)
一抹の不安を覚えながらも、その日からリリスたちは客人を丁重におもてなしするため、早速準備に取り掛かることにした。
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