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耳打ちされた言葉に、リリスはぎゅっと手のひらを握りしめた。ベリックの言葉はリリスにしか聞こえないような声だったので、クロードとノエは怪訝な顔で二人を見つめている。
ちらりと顔を見れば、ニヤニヤと嫌な笑みを向けられた。距離が近くて息遣いが間近に聞こえる。
(昔から変わらないわね、この傲慢な態度は……)
リリスはため息をのみこんで「そんなことはありませんわ」と嘘をついた。
「ご心配なさらずとも、ダリウス様にはよくしていただいております」
そう言って、にこりと笑う。本当は、ようやく最近話す時間が増えてきたぐらいのものだが、ベリックには真実などわかるまい。
「ほお、そうか」
ベリックはあからさまに不満げな顔を見せたので、すかさずリリスは「それより、ベリック様」と話題を変えることにした。
「よろしければ、こちらを召し上がってください」
リリスはワゴンから銀のクローシュを手に取り、テーブルの上に置いた。
「なんだ、これは」
「開けてみてくださいな」
ベリックはリリスの顔をちらりと横目で見たあと、そっと銀のフタを手に取った。中にあったのは、色とりどりのフルーツが添えられたケーキ。それを見たベリックは頬を緩ませ、喜んだ。
「私の好物じゃないか!」
「ぜひ紅茶と一緒にどうぞ」
好物を目の前に、すっかり機嫌をよくしたベリックにリリスは安堵した。ちらりと入り口の方へと視線をやると、クロードと目が合う。リリスが小さく頷けば、クロードも目で合図を送った。
「ベリック様、私はこれから宴の準備がありますので退席させていただきますね。どうぞ、ごゆっくりなさってください」
立ち上がったリリスに、ベリックは残念そうな顔を向けて「なんだ。もう少しくらい、いいじゃないか」と引き留めようとした。
「そうしたいのは山々ですが、今日の宴はベリック様にもぜひ楽しんでいただきたいので」
にこりと微笑んだリリスに鼻の下を伸ばすベリック。「なら仕方あるまい」と、納得したようでリリスは「では、のちほど」とベリックに挨拶をし、入り口で待機していたクロードとノエも、ともに部屋から退室した。
バタンと音を立てて閉まった扉。リリスはそのまま廊下を歩いていくと、お付きの二人が後ろからついてくる。
「大丈夫ですか?リリス様」
「……疲れたわ」
部屋を出た途端、どっと疲れが押し寄せてきたようだ。歩きながらリリスがため息をつくと、ノエは怪訝な顔をした。
「俺が言うのもなんですが、あそこまでする必要あります?」
「第三王子とはいえ、隣国の王子よ。ああ見えて、交友関係が広くて他国との外交には強いお方だし、下手に機嫌を損ねて怒らせでもしたら面倒じゃない」
「にしても、あの態度は……」
顔を引きつらせているノエに、リリスは苦笑した。
「多少の我慢は必要だと理解しているわ。城のみんなを危険にさらすような真似はしたくはないもの」
ノエたちには分からない、王家のしがらみというものなのだろうか。こればかりは、二人もリリスに同情せざるをえなかった。
「それより、私は宴の準備が進んでいるか見にいくから、今から厨房と広間へ行くけれど」
「では、ノエと一緒に向かってください。俺は、ダリウス様のところに行ってから向かいますので」
「わかったわ」
「ノエ、頼んだぞ」と念押しされ、ノエが「了解」と返事をするとクロードは、別方向への廊下へと行ってしまった。
まだまだ、もてなしは始まったばかり。気を抜いてはいけない、と自分に喝を入れるため、リリスは手のひらをぎゅっと握りしめた。
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