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いつもの彼らしからぬ様子に、リリスも心配そうに顔を覗き込む。
「最後は団員総出で奴に立ち向かったそうだが、ほとんどの兵士たちがやられて死んでいく中、君は見事やつの急所を捉えて討ち取ったらしいじゃないか」
ちらりと見遣ると、フォークとナイフを強く握っているダリウスに気づいたリリス。だが、それに気づいているのか、いないのか、ベリックは意気揚々と話を続けている。
「その話を聞いたときは、さすが英雄と呼ばれる人間は凡人とは違うなと感心したものだよ。非凡な人間は、ここぞというときに運さえ味方につけてしまう力を持っているらしい」
静かな部屋に響くベリックの声が余計に明瞭に聞こえた。リリスはうつむき、膝の上に置いた手を強く握りしめた。
「死んだ者たちは、ただ平凡な人間だったというだけで、どうあらがったって非凡な才能の前には勝てないものだ。彼らは、君が奴を討ち取る、その一瞬のために存在していたといってもいいだろう。結果、あの大魔獣を倒せたのだから、彼らも死に甲斐があったというもの──」
「ベリック様!」
広間がしんと静まり返る。ベリックの言葉を遮ったのは、リリスだった。
うつむいて、じっと堪えて話を聞いていた。けれど、これ以上は黙って聞いていられなかった。
「……なんだ?リリス。怖い顔をして」
ベリックの低い声が聞こえ、リリスが顔をあげる。やはり今回の来城は、ダリウスへの嫌がらせが目的だったのだろうか。
「……いまの発言は、亡くなった方々に対して失礼かと」
下手な諍いは避けたいと思っていた。けれど、「死に甲斐があった」などと、国のために死んでいった死者を冒涜する発言は我慢ならなかった。
「なんだと……?」
ピリピリとした空気がその場に流れる。まずい、という自覚はあった。
(ここまでそつなくやってきていたのに、私ったら……)
何かと言い寄ってくるベリックのことは昔から苦手だったが、これまでは、にこやかに笑みを浮かべて対応しておけば何とかなった。実際、今日だって笑って誤魔化し、やんわりと距離を取れば機嫌を損ねることなくベリックも接してくる。
つかず離れず適度な距離を保つこと。
それがベリックに対しての、リリスの対処法だった。しかし、穏便に済ませることばかりを考えていて、はっきりと言ってこなかったのがよくなかったのかもしれない。このような発言をされてまで、にこやかな笑みを浮かべてはいられない。
リリスは意を決して手のひらをギュッと握りしめ、ベリックに向き直った。そして──。
「ベリック様、私は──」
「あなたが今話された通りの最期でしたよ」
静まり返った部屋に、ダリウスの低い声が響いた。何かを言おうとしたリリスを遮ったのは、夫のダリウスだった。
「いまお話された通りです。……多くの仲間を踏み台にして、私が大魔獣ガルガドスを討ち取りました」
淡々とした声でそう返したダリウス。
「なので、これ以上、私が同じお話をしてもつまらないかと」
ベリックの発言に、ダリウスは表情一つ変えず、そう返しただけだった。ベリックはあっけに取られたのか、「あ、ああ。そうか」と拍子抜けしている様子。その態度を見るに、もっと別の反応を期待していたのかもしれない。
「それよりデザートが来ましたよ。あなたのお好みのスイーツだと、妻が用意させたものです」
ダリウスがそういうと、給仕の者がやってきてテーブルの上にデザートが並べられる。
「紅茶が冷めますから、温かいうちにどうぞ」
「あ、ああ。それじゃあ、いただこう」
中途半端に話が遮られたところで、会話の話題はあやふやになってしまった。ベリックは不満げな顔をしていたが、ダリウスに気圧されて、これ以上話を続けることはやめたようだった。
思わぬところからの助け舟に、ひとまずホッとしたリリスだったが、ベリックを見遣ったあと、ダリウスの横顔をそっと盗み見た。
彼はどんな思いで、ベリックの話を聞いていたのだろうか。
あのとき、ダリウスが手に力を込めナイフとフォークを握っていたことを思い出すと、リリスは余計にその胸の内が心配になった。
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