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◇◇◇
あのあと、ダリウスは理由も告げずにその場を立ち去るものだから、リリスは混乱状態で湯浴みに向かうこととなった。
(寝室にって、どういうこと?)
ここへ来てから初日に「寝室は別」宣言されたのだ。そういうことは、この先ないのだろうと思っていたのに突然そんなことを言われたら困る。
(よりによって、こんなときにダリウス様は何を考えているのかしら……)
うんうんと唸りながら、頭を抱えるリリス。しかし、よくよく考えたところで、はたと気づく。「こんなときだから」こそ、ダリウスがリリスを寝室へ呼んだ理由に。それから、寝る準備を整えて部屋へ向かうと──。
「ああ、リリス様。いらっしゃい」
案の定、寝室へ向かったリリスを、にこやかな笑みを浮かべて迎えたのはクロードだった。ひらひらと手を振る姿が、なんだか癪にさわる。
一方、リリスをここへ呼び立てたダリウスは、奥のソファに座っていた。テーブルの上には、琥珀色のボトルとグラス。どうやらリリスを待っている間に酒を飲んでいたようだ。リリスは、はぁとため息をついた。
「……ベリック様対策ということですか」
リリスは、そう言ながらダリウスの対面にあるソファに腰かけた。
「第三王子の従者の中に、城の中をこそこそと歩き回って偵察している者がいるようでしたので」
クロードの説明に、「そうでしたか」と返すリリス。今日は、いろいろと気を配らねばならないことが多かったので、その辺りのことはすっかり頭の中から抜け落ちていた。
「王子はリリス様にご執心のようですから、夜も安全とは言いきれません。ダリウス様とご一緒におられる方が得策かと思い、こちらへお呼びした次第です」
「……わかったわ」
「念のため、外にも護衛の者を置いてますので」
「ご苦労様」
それからクロードは、ダリウスと二言、三言交わしたあと、「では、ごゆっくり」とにこやかに笑い、そのまま扉を閉めて出ていった。わざとらしく「ごゆっくり」の部分を強調して。
(あんなこと言われたら、余計に意識しちゃうじゃない……!クロードのバカ!)
室内に沈黙が走る。
いろいろな理由があるにせよ、こうして夜にふたりきりというのは初めてのことなので、リリスは自然と体に力がこもっていることに気づく。どうしようかと、頭の中で思案していると──。
「いつまで、そこに突っ立ってるつもりだ」
声をかけられ、ダリウスを見れば、まっすぐにこちらを見るアッシュグレーの瞳と目が合い、リリスの胸はどきりとした。
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