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「あ、はい……っ」
わかりやすく緊張気味に返事するリリスに、ダリウスはソファから立ち上がって、ゆっくりと近づいてきた。
射抜くような切長の瞳に、ドキドキと音を立てる胸。
静かすぎるこの部屋が、より一層リリスの心を落ち着かなさくさせ、頭の中は混乱状態だ。リリスはダリウスの視線に耐えられなり、ふいと目を逸らして俯いた。それを、目を細めて見つめたダリウス。
「頬が赤いぞ」
そう口を開いたかと思えば、頬に伸びてきた手に、リリスの体は思わずびくりと震えてしまった。
少しかさついていて、ゴツゴツとした男らしい手。耳の奥にまで響くような低い声が、今はただただ心臓に悪いと思った。
「さっきとは大違いだな」
「え?」
言葉の意味がわからず、リリスが顔を上げる。ダリウスの顔は、リリスが思っていたよりも随分近くにあった。
「ベリックに手を握られても近づかれても、涼しい顔で対処していたが?」
そう言って、ダリウスはさらに距離を縮めてきた。みるみるうちに頬に熱が集まるのを感じて、リリスはとっさにダリウスの胸元をぐいと押す。
「あのときと、今では状況がまったく違うじゃありませんか……っ」
ふいと視線を逸らして抗議するリリス。ベリックと話しているときは、周りに誰かしらの人がいたが、今はこの部屋に二人きりだ。緊張しないわけがない。ククッと笑い声が聞こえてきて、からかわれているのだと分かる。
「さっきの威勢の良さはどこにいった」
「あれは──」
と言いかけたところで、リリスは口を閉ざしてしまった。先ほどベリックが嫌味を言っていたことを思い出したからだ。
「……とても、嫌な思いをされたでしょう」
ぽつりと呟いた言葉が静かな部屋に響き、リリスはまた俯いた。普段からあまり表情を変えないダリウスだから何を考えているのかわかりにくいが、あのとき力を込めてナイフとフォークを握っていた彼の姿を、リリスは覚えている。
「……ああいった嫌味には慣れているから問題ない」
返ってきたのは、感情がのっていない淡々とした言葉。なんと返せばいいのかわからず、リリスは手のひらをぎゅっと握りしめた。そんなリリスを、ダリウスはやはり黙ったまま、じっと見つめていた。
「だが」
それからしばらくして、沈黙を破ったのはダリウスの方だった。
「意外だったな」
聞こえた言葉にリリスは、「意外、ですか?」と首を傾げる。ダリウスはソファに舞い戻りながら、
「ベリックには友好的に接することを優先させたお前が、刃向かうような態度を見せたのは」
と続けた。ソファに座ったダリウスは、酒が入ったグラスを手にとった。
「……あのときは、気づいたら、という感じで。つい感情的になってしまいました。あの場を収めてくださって、ありがとうございます」
リリスは改まった様子で礼を言い、ダリウスに頭を下げる。ダリウスが持っているグラスの氷がカランと音を立てた。
「……別に礼を言われるようなことじゃない」
そう言って、ダリウスはぐいっとグラスに口をつけると、空になったグラスをテーブルの上にことりと置いた。
「それより俺はソファを使うから、ベッドを使え」
「へ?」
完全にぼんやりとしていたので、気の抜けた声が出てしまった。急な話題転換である。
「この部屋に入ってから、ずっと肩に力が入ってるぞ」
そう指摘するダリウスに、リリスはなんだか自分だけが意識しているみたいで恥ずかしくなった。
「いえ、それは……っ、あの……っ」
「別に、そんな構えなくとも取って食いやしない。今日は疲れたろうから早く寝ろ」
まだ飲むつもりなのか、ダリウスはソファから動こうとしなかった。だが、疲れているのはダリウスとて同じことだろう。
(ダリウス様だって疲れてるだろうに……)
やはりこの人は、目つきが悪くて怖がられがちだけれど、心根は優しい人なのではないだろうかと思う。手をぎゅっと握りしめたリリスは、ゆっくりとソファに近づいた。
「わ、私は同じベッドでも構いませんけど……っ」
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