波乱をもたらす来客

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◇◇◇ 静かな寝息が聞こえてきたのを確認したダリウスは、小さくため息をついた。長い一日がやっと終わり、ソファに深く体を預ける。自分が思っていた以上に体は疲れているようだった。 隣国の第三王子だというベリックは、予想通り驕傲(きょうごう)な男だった。王族の人間らしいワガママな態度。この世の全ては自分の思い通りになるとでも思っているような振る舞い。侮辱するような言葉に、何度手が出そうになったか分からない。 けれど、それを堪えて淡々と対応したのは、クロードからリリスの話を聞いたからだった。 『なんだ、あのワガママ王子は』 リリスの護衛の役目を終えてやってきたクロードにそう問いかけると、『予想以上にひどかったですね』と苦笑が返ってきた。 『……リリスは、よくあんな奴の相手ができるな』 にこやかな笑みを浮かべてベリックに対応していたリリスのことを思い出し、ダリウスはため息をついた。すると、『我慢なさっているようですよ』とクロード。 『我慢……?』 『城の者を危険にさらしたくない、と。だから、多少のことは目を瞑っていると、そうおっしゃっていましたよ』 『そりゃあ、リリス様もあんな男に言い寄られるのは嫌でしょう』と続けたクロードに、ダリウスは黙り込んだ。 『……ダリウス様、リリス様は確かに王家の人間です。けれど、もうという理由であの方を見るのはやめませんか』 クロードはダリウスを見つめながら、そう言った。 「ん……」 ふとリリスが身じろぎをしたので、そちらに目をやる。見れば布団がずれて、足が見えていた。ダリウスはソファから立ち上がりそっとベッドに近づくと、ベッドの縁に腰かけた。 はじめてリリスと出会った結婚式、ヴァージンロードを歩く彼女の横顔は凛々しく、気品に満ち溢れていた。けれど、いま目の前にいる彼女はあどけなく、スヤスヤと眠っている。まるで幼子のように。 この部屋に入ってきたときは、あからさまにダリウスを意識していたのに、いまは気持ちよさそうに夢の中、だ。 『仮眠とはいえ、短時間だけでもベッドで眠った方が疲れは取れますと思いがすが』と言って同じベッドに誘ったかと思えば、『あ、あの……っ』と、顔を真っ赤にさせてあたふたとする。 『しっかりしているのかと思えば、急にあたふたしたりして。度胸があるのか、ないのか分かりませんが』 マチルダのいる離れに乗りこんできたときのノエの言葉を思い出す。 「……確かに、度胸があるのか、ないのか分からないな。それに──」 ダリウスはそう呟くと布団をしっかりと掛け直して、口元を緩めた。 「こんなに寝相が悪いとは……お姫様らしくない」 そうひとりごちてダリウスはベッドから立ち上がると、窓際に近づき、空を見上げた。 「……今夜は月が明るいな」 リリスにはベッドを進められたダリウスだったが、まだ眠れそうにはなかった。眠ると、いつも思い出す。戦いの中で命を落としていった仲間たちのことを。だから、いつも眠りは浅く、ダリウスにとってはソファで眠ることなど他愛もないことだった。 外はすっかり暗くなり、月と星だけが明るく輝いている。多くの仲間たちを弔ったのも、こんな月明かりの夜だった。 『大魔獣ガルガドスの最期はどんなものだったんだ?』 嫌な笑みを浮かべてそう尋ねたベリックの言葉が、いまも頭の中から離れて仕方なかった。
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