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それからリリスが王都へのパーティに出席するまでの間、マチルダによる料理特訓が始まった。
野菜の皮むきが一向にうまくならない生徒に、先生役のマチルダも頭を抱えながらも、根気よくやってみせてを繰り返す。
ときにはユーリや、床掃除対決の一件で仲良くなったアベルをはじめとする使用人たちも厨房を覗きに来ては、リリスの意外な一面に驚いていた。あのアベルには「料理対決なら楽に勝てそうだ」とからかわれたほどである。
「ああ、また失敗……」
「肩に力が入りすぎてるんじゃないですか?いまは綺麗に剥こうと考えずに、力を抜いてみてください」
「はい、先生……」
肩を落とすリリスに、隣に立って料理の様子を見学していたノエは思わず笑みをこぼす。
「それにしてもリリス様がここまで料理下手だったとは」
「……私にだって苦手なものくらいあるわよ。クロードには言わないでね」
「どうしてクロードさんには言っちゃダメなんですか?」
「絶対笑い者にされるもの……」
不貞腐れたように呟いたリリス。ノエはククッと肩を震わせながら笑い、そのまま近くにあった丸いイスに腰かけ、頬杖をついて野菜むきに奮闘しているリリスの横顔をじっと見つめた。
「いいじゃないですか、苦手なものがあっても。それくらいの方が親近感が湧きますよ。それに、これまで料理なんてする機会がなかったんでしょう?最初は上手くいかなくて当然じゃないですか」
その言葉を受けて「ノエにまで励まされるなんて……」と、リリスがショックを受けているものだから、隣に座っていたマチルダも声をあげて笑った。一方のノエは「失礼だなぁ」と呟いている。
「でも、リリス様、ノエの言う通りですよ。最初は下手でも、練習すれば上達しますから大丈夫です。それに──」
と、マチルダはそこで言葉を区切ると、綺麗にウインクして「『料理は愛情』って言いますからね」と続けた。
「あ、愛情……」
「そうですよ!料理において、愛情は最上のスパイス。食べさせてあげたい相手のことを考えながら、『おいしくな〜れ』って心を込めて作ることが大事なんですよ」
にこりと微笑んだマチルダに、リリスは改めてデコボコの食材たちを見つめた。
「食べさせてあげたい相手のことを、考えながら……か」
ぽつりと呟いたリリスに、ノエはひょいと顔を覗き込んでニッと歯を見せて笑いかけた。
「ダリウス様、喜んでくれるといいですね」
その笑顔に元気をもらったのか、リリスは目をパチパチとさせたあと、「そうね。根気よく頑張るわ」と笑顔を見せた。
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