855人が本棚に入れています
本棚に追加
/86ページ
◇◇◇
王都へ出立する朝、リリスはこっそりと広間へやってきていた。
理由は、今日の朝食にリリスが作ったクリームシチューをダリウスに食べてもらうため。いまは別々に食事を摂っているので、リリスは先に食べ終わったのだが、周りにせっかくだからとせかされ自分で持っていくことになったのだ。
(形は悪いけれど、味見もちゃんとしたし大丈夫だとは思うんだけど……)
リリスは手元のクリームシチューが乗ったお盆を前に、ごくりと息を呑んだ。
扉の向こうには食事中のダリウスがいる。これまで作ることに必死で、食べてもらうところまで想像していなかったが、いざ食べてもらうとなると緊張でどうにかなりそうだった。
「リリス様」
けれど、そっと後ろに控えていたルーナに励まされ、リリスは意を決して中へ入ることにした。ガチャリと音を立てて開いた扉。
「おはようございます、ダリウス様」
にこりと微笑んで広間へやってきたリリスに、ダリウスは呆気にとられているようだった。だが、すぐに眉間にシワを寄せ、怪訝な表情を向けられる。
「……何の用だ」
怒っているような低い声に、お盆を持つ手に力がこもるのが自分でも分かった。それでもリリスは、笑顔を絶やさなかった。
「これを食べいただきたくて」
そう言ってダリウスに近づき、そっとお盆を差し出す。湯気が立つ、ほかほかのクリームシチュー。ダリウスは視線をテーブルの上に移し、差し出されたそれをじっと見つめていていた。
「クロードから、ダリウス様の好物だとお聞きしたので。マチルダにレシピを教えてもらって、作ってみたんです」
かつてないほどの緊張に、自然と饒舌になってしまう。黙ったままのダリウスがどう思っているのか、それが全く読めなくて余計に怖かった。
「よかったら食べてくださいませんか」
笑顔のまま、リリスはダリウスの目の前に皿を置いた。ドキドキする胸。けれど──。
「クロード、食べていいぞ」
ダリウスはちらりと皿を一瞥したあと、それをそっと横によけた。
最初のコメントを投稿しよう!