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しんと静まり帰る部屋。リリスは顔を俯かせて、手のひらをギュッと握りしめた。味がどうこうの前に、食べてもらうことすらできないのか。
気まずい空気を感じたクロードは、わざと明るく「ダリウス様」と声をかけた。
「これはリリス様が、ダリウス様のために作られた料理ですよ。俺じゃなくて、あなたが、ぜひ召し上がってください」
クロードがそう言って元の位置に料理を戻す。木製食器のクリームシチューには、ニンジンやジャガイモ、ブロッコリーなど色とりどりの野菜がたっぷりと入っている。
唇をまっすぐ結び、祈るような顔をして見守るリリスを、ダリウスはちらりと見遣った。そして──。
「……俺は『偽善』だと言っただろ。こんなこと、頼んだ覚えはないぞ」
聞こえてきた言葉に、どくりと音を立てる胸。
「自分の思い通りに人が動かないことが、そんなに不満か?……これだから甘やかされて育った王族の人間は」
そう吐き捨てられた言葉に、胸を突き刺されたような痛みが走る。冷たく響いたダリウスの声が、頭から離れなかった。そして、ふと笑う声が聞こえたかと思えば、スプーンでいびつな形の野菜を掬う。
「よくこんな料理を人に出せたな──」
「ダリウス様!」
とっさにクロードが間に入ったが、遅かった。水を打ったように静かになった部屋の中に、言いようのない空気が流れるのを肌で感じる。ダリウスの言葉が、じわじわと胸の奥まで広がっていき、リリスは手のひらを握りしめた。それから──。
「……ごめんなさい」
リリスは小さくそう呟いてパッと顔をあげたあと、眉を下げ、笑ってみせた。
「朝から失礼しました。朝食の時間を邪魔をしてしまって」
リリスはそう言って、ダリウスの前に置いた皿をお盆に戻すと、「どうぞ食事を続けてください」と継いだ。
「リリス様!」
後ろからクロードが呼び止める声が聞こえたが、リリスは振り向かずに部屋を出て行った。扉の外には心配そうな表情を浮かべたルーナがいた。
「リリス様、あの──」
「これを厨房に返してきてちょうだい。私は部屋に戻って出発の準備をしてくるから」
何か言おうとしたルーナの顔も見ずに、リリスはその場を離れた。いまは一刻も早く、一人になりたかった。
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